ムギさんとチャーハン

 雲一つない、満天の星空が広がった日の夜。僕は、喫茶店で、を何にするかを悩んでいた。キッチンの銀色の大きな冷蔵庫を開けると、野菜室にレタスがあるのを見つけた。、と思った僕は、今夜のメニューを、レタスチャーハンにする事に決めた。

 僕は、チャーハンには自信があった。さっそく、にんにくを刻み、ウインナーを輪切りにする。ウインナーは物よりも、真っ赤な奴の方が好みだ。あとは、レタスを水で洗ってちぎっておけば準備完了だ。

 フライパンを火にかけ、油とにんにくを入れて温める。ころあいを見て、ウインナーと卵を一緒にいれて、木べらでとかき混ぜる。少し火が通ったら、いよいよご飯の投入だ。先に炒めていた具とよく混ぜ合わせたら、そこにマヨネーズと醤油を投入する。すると、じゅっと香ばしい醤油の焦げる香りが広がる。僕は、この瞬間が大好きだった。

 醤油の香りを嗅ぎ終わったら、黒コショウを振りかけてよく混ぜる。最後にちぎっておいたレタスを投入したら、ちょっとだけ炒めて火を止める。レタスはあまり炒めすぎると、しんなりし過ぎてしまうのだ。

 これで、特製レタスチャーハンの出来上がりだ。僕は4人分のチャーハンをお皿に盛りつけると、マスターたちが待つテーブルへと持って行った。


「みんなお待たせ! 今日のまかないは、レタスチャーハンにしたよ。どうぞ召し上がれ」

「おっ。うまそうな香りがするじゃないか。こりゃいいなあ。どれどれ、いただくとするか」

「本当においしそう。いただきます」

 マスターとツヅキは、を持ったまま両手を胸の前で合わせると、チャーハンを食べ始めた。僕は、その様子をどきどきして見守っていた。ムギさんはというと、チャーハンが冷めるのをじりじりと待っているようだった。手持ち無沙汰なのか、マスターとツヅキに向かって、まるでムギさんが作ったかのようにチャーハンの自慢話を始めた。

「このチャーハンはね、そりゃあおいしいんだよ。ぼくも良く作って貰っているけど、好きなご飯ベスト3には入るね。黒ねこ協会のプロフィールの、”好きな食べ物”欄があったら、間違いなく"チャーハン"って書くくらいさ」


 ムギさんが自慢げに胸をそらしているのが、なんだが照れ臭かった。すると、それを聞きながら、黙々とれんげを動かしていたマスターが、こう言った。

「でもこれ、チャーハンではないなあ」

 ツヅキも頷いて言った。

「そうですね。チャーハンというには、ちょっとご飯がとしていますね」

「そうだな。といったほうが正解なのかもな」

 その言葉を聞いて、僕はさっと血の気が引いた。自慢の得意料理なのに、なにか間違っていたのだろうか。2人の話を聞いていたムギさんも、なんだかむくれているようだった。

「君、どうやら今まで僕がチャーハンだと思って食べていた料理は、本当のところはチャーハンでは無くて、焼き飯だったみたいじゃないか。ひどいなあ」

 ムギさんにまで責められて、僕はちょっと泣きそうになった。下を向いていると、ムギさんが、ぷりぷりしながらマスターとツヅキに謝り出した。


「マスター、ツヅキ、ごめんね。どうやら僕の大好きな料理の名前は、ようだよ」

 僕が顔を上げると、ムギさんは、まだぷりぷりしている。

「君も気を付けてよ。もし、よそに食事に行って、”チャーハン”って頼んだのに、が出て来たら、僕はすごくがっかりするじゃないか。まったく。そうなる前に気づけて良かったよ」

「う……うん。ごめんね」

 僕は思わず謝ったのだけど、本当のところ、もの凄くうれしかった。


 僕たちの様子をニヤニヤと眺めながら食べていたマスターが、早くもお皿を空にして、満足そうにれんげを置いた。

「いやー、ごちそうさま。それにしても、この焼き飯は本当にうまいな」

「でしょう? だから前から言ってるじゃないか」

「本当に。ねえ、私にも今度、レシピを教えてくれないかしら。マヨネーズが入ってるのかな……?」

「うん! 実はそうなんだ。喜んで教えるよ!」

 そして僕たち4人は、おいしくレタスをたいらげた。


 そんな事があってから何日か経ったある日、珍しく中華料理屋さんへと外食に連れて行って貰った僕は、チャーハンを頼んでみた。運ばれてきた料理は、確かに、僕やお母さんの作っていた『チャーハン』とは少し違っていた。

 僕は、パラパラご飯のチャーハンを美味しく頂きながら、今度、お小遣いを溜めてムギさんと一緒に食べに来ようと考えていた。その時は、ムギさんは、なんて言うのだろうか。そう考えると、怖くもあったし、楽しみでもあった。

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