ムギさんとりんご鴉
その日、ムギさんと僕が、喫茶店に入ると、3羽のりんご鴉がカウンターでパスタを食べていた。ツヅキお手製の、たらこ入りカルボナーラをつっつきながら、なんのかんのと騒いでいる。
「うまい! うまいけど惜しいカァーな」
「うむ。これはおいしい。だけど、りんごが入っていないのカァー」
「確かに。りんごが入ってないんじゃあ、カァーた手落ちカァーな」
ムギさんと僕は、そのカァーカァーしているのを横目に見ながらキッチンへと入って行った。
「ねえツヅキ、なんだか鴉たちが、タラコナーラ食べながら騒いでいるよ」
「あら、りんご鴉さん達の事ね。いつもそうなのよ。りんごがどうこう言ってたでしょ」
「言ってた言ってた」
「あの鴉さん達は、『りんごモール』の常連さんみたいなのよね」
「りんごモール?」
「そう。りんごモール。りんごモールは、いろんな食べ物屋さんが集まっている場所なのよ。どの店も、すべすべのお皿に載った、どこから食べたらおいしいかが分かりやすい形の素敵な料理を出してくれるの。お店が違ってもお皿は一緒の物を使っていて統一感があるし、どのお店の料理でも、すべてりんごが使われているのよ」
「へえ。それで、りんごがどうこう言っていたのかな」
「たぶんね」
僕が納得していると、足元でムギさんが不思議そうに首を傾げた。
「だったら、なんで彼らは、りんごモールに行かないでここに来ているんだい?」
「さあ?」
「そこがりんご鴉さん達の不思議な所なのよね」
そんな話をしていると、マスターがひょいと顔を出した。
「俺は、あいつらも、あのモールも好きじゃないなあ。特に会長が嫌な奴なんだよ」
「こんばんはマスター。どうしてなの?」
「実は昔、俺とツヅキで、あのモールに出店したいっていう店のメニュー作りを手伝った事があったんだけどな。モールの方針に合わせて、すべすべのお皿に合う料理をあれやこれやと考えて、いろいろなりんごを取り寄せて試したりしてな」
「へえ」
「鴉達にも試食してもらったんだけど、りんごハニートーストのバニラアイス添えなんかは絶賛してたよ。それで、これなら大丈夫だろうと思っていたら、いよいよ明日オープンって時に、いきなり会長が『モールで出す料理のりんごは、モールの農園で作ったものしか認めません』とか言い出してさ」
「あれは困りましたね」
ツヅキも思い出したのか、苦笑している。
「俺はもう困るっていうか、意味が分からなかったよ。理由を聞いても『他所のリンゴはどう栽培しているかわからないから』の一点張りでな。それなら、って事でりんご農家が作り方を公開したんだけど見向きもしないのさ」
「そんな事があったんだ」
「ああ、しかも会長がその発表をした途端、鴉たちは『やっぱり美味しくない』『むしろまずい』『というか美味しいと言った覚えはない』の大合唱初めてな。それで嫌になって手伝いやめちゃったんだ。店主もあきらめて他所のモールに店出すことにしていたよ。まったく、あいつらみんな、アルパカのうんこ踏めばいいんだよ」
マスターはその時の事を思い出したのか、プリプリ怒っていた。そんなマスターをツヅキがなだめる。
「まあまあ、確かにそうでしたけど、今はどこのりんごでもOKになったじゃないですか。それに私はあのモールのお店のサービスも料理もすごく好きですよ」
「今更だよ。俺は思うんだけど、あれは余所者を入れたくないための方便だったに違いないさ。それならそれで、最初から正直にそう言って自分たちだけでやっていればいいのにな」
マスターはまだ怒っていたが、コーヒーのオーダーが入ったので、カウンターの方へと戻って行った。カウンターでは、まだりんご鴉たちがなんのかんのと騒いでいた。
ムギさんと僕はといえば、ツヅキに頼んで特別にりんごハニートーストのバニラアイス添えを作ってもらい、マスターの珈琲と一緒にいただいた。りんごハニトーは、素晴らしく美味しかった。こんなに美味しいのに食べもしないで出店拒否するだなんて、ものすごくもったいない話もあったものだ。
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