ムギさんと粘土のデジャビュ

 いつものように忍び足で屋根の上から抜け出そうとしていると、ムギさんが急に立ち止った。どうしたんだろうかと思って見ていると、派手なくしゃみをした。

 それを見て僕は、思わず声を上げて笑ってしまった。だけども、すぐに人差し指を立てて、「しーっ、静かに!」と小声でムギさんに注意した。と、その時、ものすごく確信めいた懐かしさを感じた。

「あれ?」

「何だい、悪かったよ。我慢できなかったんだ」

「違う違う、そうじゃなくて、前にもこんなことなかったっけ?」

「ぼくは記憶にないけどなあ。ひょっとして、って奴かい?」

「うーん、そうかなあ。何か覚えてるような気がするんだけどなあ……」

 思い出せそうで思い出せない。すっきりしないまま喫茶店に乗り、コーヒーを飲みながら考えたけれども結局はモヤモヤしたままだった。


 そうこうしているうちに、喫茶店はカラフルな建物が立ち並ぶ小さな町へと降り立った。

「ほらほら、粘土の国へ着いたよ。この国は全部が粘土でできているんだ」

「本当だ。家も道路も川までも全部粘土細工だ!」

 その町は、赤や黄色やピンクといった、色とりどりの建物や景色でできていた。僕達がひとつひとつを指さしながらはしゃいでいると、粘土の国のクレイ人の一団が、店に入ってきた。

 クレイ人たちは、奥のボックス席に陣取ると、難しそうな顔で相談を始め、そのうちなにやら揉めだした。

 ムギさんと僕は、そのやりとりが気になって、声をかけてみる事にした。


「こんばんは。クレイ人のみなさん。なんだか揉めているみたいだけど、どうかしたの?」

 僕が話しかけると、緑色の粘土でできたクレイ人のおじさんが、照れくさそうに頭を掻きながら答えてくれた。

「やあやあこんばんは。どうやら恥ずかしい所を見せてしまっていたようだね。実は今度、このシンクレイさんの家に子供が産まれる事になったんだけどね」

 そういって緑色のおじさんは、オレンジ色と紫色のご夫婦の方を手で示した。

「それはおめでとうございます。でも、それならなんで揉めたりしてるの?」


「実はね、今、クレイの国は深刻ななんだよ。だから、新しい子供が産まれると、そのをどうするかが結構大変な問題なんだ」

 すると、ムギさんが窓の外の街路樹を指してこう聞いた。

「あの街路樹や川のを使うわけにはいかないのかい?」

「それが駄目なんだよ。景観系のを削ってしまうと、クレイ国に観光に来るお客さんが減ってしまうからね。最近では新しい子が産まれるたびに、誰かを捏ねなおして子供にしているんだ」

「えっ! そうなの」

「ああ。昔は子供が産まれたら、余っているや、再利用待ちの亡くなった方のを使えば良かったんだけどね、今じゃ誰かが亡くなるまで待ってる暇もないんだよ」

「へえ、それで誰を捏ねなおすかで揉めてるってわけなんだね」

「そういうわけさ。まあ昔は昔で、亡くなった方の余ったをそのままにしておいたら、が『自分はまだ生きてる』って勘違いして動き回ったりしてね。それが原因で、幽霊騒ぎが起きたりしてたんだ。ほら、最近は幽霊とかあまり言わないし、見ないだろ? あれって実は化学の発展とかで幽霊がいなくなったんわけじゃないんだ。単に、遊ばせておくに余裕がなくなってしまっただけなんだよ」


 ムギさんと僕がそんな話を聞いていると、突然、恰幅のいい黄色いおばあさんが、手にした杖でごつんと音を立てて床を叩いた。みんなの目がそちらを向く。

「もういい。このままじゃらちが開かないよ。今回は、私を捏ねなおして頂戴な。私も先代のシンクレイさんにはお世話になったからねえ」

「でも婆さん! 婆さんがいなくなったらうちの店はどうするんだよ」

「そりゃお前たちでなんとかしなさい。出産日まであと10日はあるでしょ。その間に私に聞いておきたいことを全部聞いておくんだね」

「アルクレイのおばあ様、ありがとうございます!」

「ああ、いいんだよ。元気な子を産むんだよ」

 クレイ人たちの会議は、おばあさんを捏ねなおすという事に決まったようだった。その後は、お祝いも兼ねて、皆でにぎやかにコーヒーを飲んで店を出て行った。



 そして何か月か経った頃、喫茶店がクレイ国に停車すると、双子の赤ちゃんを連れたシンクレイ家のパパとママが店に入ってきた。

「やあ、シンクレイのみなさん。お久しぶり。双子の赤ちゃんが産まれたんだね」

「お久しぶり。ええ、クレとレイって言うのよ。よろしくね」

「「よろちくね」」

 黄色い双子がそろってぺこりとお辞儀をする。

「アルクレイの婆さん、大きかっただろ? だから2人分のになったんだ」

「そうなんだ。取っておけばよかったのに」

「うん。でもそうするとちょっと問題になる事もあってね」

 と、その時、アルクレイの若旦那が慌てた様子で店に入ってきた。

「ああ、ここだったのか! よかった。実は、店の倉庫の鍵の番号を婆さんに聞き忘れていてね、開かなくて困っているんだ。どうしたもんかなあ」

 若旦那はちらちら双子の方を見ながら頭を掻いている。


 すると、クレとレイが顔を見合わせて、なにやらもどかしそうな表情でつぶやき出した。

「なんか、前にその事聞かれたことある気がするの」

も、なんか『228』だったような覚えがするの、なんとなく」

 双子がうんうん考え込んでいると、アルクレイの旦那は嬉しそうに飛び上がった。

「ああ、そうだ! 婆さんの誕生日にしてあったんだっけ。ありがとうな!」

 若旦那はそう言うなり、店を飛び出していった。

 シンクレイのパパは、まだうんうん唸っている双子の頭をなでながら僕たちに向けて苦笑をする。


「いやいや、お恥ずかしい。実は、クレイの国の人たちはね、ちょっとな所があって、の捏ねなおしが甘い事が多いんですよ。そうすると、前の事をなんとなく覚えちゃってたりするのも多いんです」

「え、それっていわゆるデジャビュって奴?」

「はい。いわゆるデジャビュって奴です」

 ムギさんと僕は顔を見合わせた。


 ひょっとしたらこの僕も、あんまり捏ねなおされていなかったのかもしれない。

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