ムギさんと虹

 ぐったりするような暑い日が続いたある日の夜、ムギさんと僕が喫茶店で本を読んでいると、突然お店がと揺れた。なんだろうと思って外を見てみると、一艘の飛空艇が喫茶店に横付けにされている。

「あれはなんだろう」

「あれはグンカンドリのネルソン率いるニジトリ団だね。休憩に寄ったんじゃないのかな?」


 しばらくすると、店内にと、グンカンドリの一団が入ってきた。先頭のグンカンドリは真っ黒な巨躯の真ん中に、赤い立派なをぶら下げ、左目に眼帯を付けている。その頭には、立派は幅の広い三角帽子が乗っていた。帽子の真ん中には、八分音符マークのエンブレムが輝いている。

「マスター、ツヅキさん、寄らせてもらったぜ」

 隻眼のグンカンドリは、赤い喉を膨らませて大声でカウンターに向かって声をかける。そして、僕たちの隣の席にどっかりと腰掛けた。すぐにマスターがやってきて、がっちりと握手を交わして話を始めた。


「いようネルソン。相変わらずの大声だな。みんなコーヒーでいいのか?」

「ああ、濃いめで頼むよ。今日は長丁場になりそうなんでな」

「了解。で、どうだ最近は。いい獲物は穫れてるのかい?」

 ネルソンは豪快に笑うと、懐からきらきらと虹色に光る一枚のディスクを取り出して、マスターに投げてよこした。

「もちろんだとも。それはさっき穫れた奴だ。どんな曲かは確かめてないけど、かけてみてくれよ」

「ほう、順調そうじゃないか」

「当たり前よ。俺達はニジトリ団だぜ? 音楽を穫るのがなりわいさ。まあ、マスターの所に置ける本は穫れなくて申し訳ないが、そのうち出てきたら持って来るさ」

「ハハハ。虹から本なんて聞いた事ないしなあ。ま、期待しないで待ってるよ。ああ、それから曲をかけるのは遠慮しておくよ。うちは一応、ブック・カフェだしな。虹が不機嫌だったら、とんでもない曲がかかって読書の邪魔になっちまうよ」

 マスターはディスクをネルソンへと手渡すと、ひらひらと手を振ってカウンターの奥へと戻っていった。


 ムギさんと僕は、片目を細めて美味しそうにコーヒーを飲んでいるネルソンに挨拶をすると、気になっていることを聞いてみた。

「こんばんはネルソン。そのディスクには、音楽が入っているの?」

「こんばんはボウズ、それにムギさん。ボウズは初めましてかな? ああ、このディスクには、から録音した音楽が入っているのさ」

「夜の虹?」

 ネルソンはディスクをくるくる回しながら頷く。

「そうだ。ボウズは虹の成り立ちを知ってるか? 太陽の光が、水滴で反射して光の帯に見えるっていうあれだ。虹の架け橋なんて言うけれど、実はあれは円盤状になってる物の一部なんだよな」

「うん。聞いたことあるような気がするよ」

「ハハハ。そうかそうか。でもな、実は虹ってのは、光だけじゃないんだ。虹には音楽、ミュージックが記録されてるんだよ。このディスクみたいにな。

 そもそも、この世界には、見えないけれども、いろんなところにいろんなミュージックが溢れてるからな。作曲する人がよく、『メロディーが降りてきた』なんて言うだろ? あれはそういうミュージックを、何かの拍子にうまく捕まえてるんだろうな。そういった世界に溢れているミュージックが、ついついうっかり出てきちゃったのが、虹のもうひとつの正体なんだ」

 ネルソンは回していたディスクを掴むと、鏡のように僕の顔の前に掲げて見せた。


「へえ! そうだったんだ」

「ああ。ボウズも虹を見かけたら、ディスク・プレイヤーにそうっと入れてみるといい。今の季節なら、そろそろ秋の音楽が聞けるはずだぜ。ま、そうは言っても、虹を捕まえるってのがなかなか難しいんだけどな」

 ネルソンは豪快に笑うとディスクを懐にしまった。


「それでな、虹の中でも特に、夜の虹には美しいミュージックが詰まっていることが多いんだ。第一、光も無いのに虹ができるなんでおかしな話だろ? 神様か妖精か誰か知らねえけど、一曲やりたくてりたくて堪らなくなるんだろうな。それで光とか関係無しに、もう出てきちまってるって訳さ」

「へえ、ネルソン達はそういう虹を追いかけてるんだね」

「ああ。夜の虹ってのは、やっかいなもんで、なかなか見つからないからな。こればっかりは何故か、の方が良く見えるんだよ。が見つけて教えてくれると、俺たちにも見えるようになるんだ。不思議なもんだぜ」

「そういうものなんだ。夜の虹かあ。……例えば、ああいうの?」


 僕は窓の外を指さした。そこにはきゅっと小さくまとまった円盤状の虹が見えていた。ネルソンは片目をぎょろりとそちらへと向けてしばらく見つめ、がたんと音を立てて立ち上がった。

「おいおいおい、こりゃすげえなボウズ。小さいけれども光がかなり強い。7色が2回も繰り替えされているし、副虹ふくこうまでついてやがる。かなり激しいミュージックが獲れそうだぜ」

 ネルソンは、のど袋のポケットから双眼鏡を取り出すと、虹を詳しく調べはじめた。そして、直ぐに赤い喉を膨らませて号令をかけた。

「野郎ども!! このボウズが虹を見つけてくれたぜ。一服中に悪いが緊急事態だ!! ゆっくり支度しろ!!」

 グンカンドリたちは「了解!!」と声を上げると、どやどやと船へと戻っていった。ネルソンは、マスターへとお金を払って店内をぐるっと見回し、僕のところへやってきて頭をポンポンと叩いた。


「ありがとな。ボウズ。いい音楽が獲れたら、今度聞かせてやるからな」

「うん。期待してるよネルソン。ところで、なんでネルソンは緊急事態なのにゆっくり準備しろなんて言ったの?」

「ん? ああ、急がなきゃならない時ほど、ついうっかり忘れものしちまうからな。特に俺達みたいなはそうさ。だから急いでいる時ほど、落ち着いてゆっくり準備するのさ。じゃ、行ってくるわ」

 ネルソンはぐっと親指を立てて、残った片目でウィンクしてみせると、三角帽子をかぶりなおして出て行った。



「虹というのは、再生できるんだね」

「そういう虹もあるようだね」

「うちの庭の花にジョウロで水をやる時にも、たまに虹が出るんだ。あれからもミュージックが聞けるかどうか、こんど試してみようか」

「難しいかもしれないよ。それに、君は、ディスク・プレイヤーを持っていないじゃないか」

「そうだった。じゃあネルソンに任せておこうか」

「そうだね。餅は餅屋って言うしね」


 窓の外では、ニジトリ団の飛空艇が虹をめがけて進んでいる。甲板にはネルソンや団員たちが、意気揚々と網を構えて立っていた。その様子を見ていると、どこからか楽しげなミュージックが聞こえてきたような気がした。

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