ムギさんとたけのこカグヤ

 夏の終わりを知らせるような大雨が降った次の日、喫茶店へと乗り込んだムギさんと僕は、久しぶりのホットコーヒーを飲んでいた。

「昨日の雨はすごかったね」

「すごかったね」

「でも、おかげで沢の街にはたけのこがもの凄く生えてきたみたいだよ」

「そうみたいだね。ほら、君の後ろにも」

 振り返って見てみると、カウンターでは、ひとりのたけのこが、マスターからコーヒーカップを受け取っていた。


「こんばんは。たけのこの話をしていたみたいだけれども」

 コーヒーカップを手にしたたけのこが、僕の隣にちょこんと座る。

「はじめまして。そうなんだ。ちょうど今、たけのこの話をしていたんだよ」

 ムギさんも頷いて僕に続く。

「こんばんは。珍しいね。たけのこが夜に出歩くなんて」

 たけのこはミルクと砂糖に手を伸ばし、少し迷って伸ばした手をひっこめた。

「そうなの。きょうはちょっとから抜け出して、自転車に乗ってやってきたのよ。三段変速」

「三段変速なんだ。凄い。でもどうしてまた抜け出してきたりしたんだい?」

「実をいうとね、いつも通り教室で雨後のみんなにあわせて、にっこりお澄まししていたんだけどね、なんだか物足りなくなったの。なんとなく」

 ムギさんと僕は顔を見合わせた。


 たけのこは、コーヒーにちょっと口を着けるとへの字に曲げる。

「私は、魔法少女のみたいなササノハ・ウィッチじゃないのよね。だから、月からお迎えが来ることもないし、ましてや、みんなの願いを叶えるなんてことはできないの。でもね、私、

 そう言うとたけのこはぐぐっとコーヒーを飲み干して、すっくと立ち上がった。左の耳には、すずし気な短冊のようなピアスが揺れている。


「さ、私もう行くね。きっとお迎え何て来ないでしょうけど、自分だけで月を目指してがんばるわ。バイバイ」

 ムギさんと僕が手を振る間もなく、たけのこはさっと店を出て行った。


「ずいぶん背伸びをしていたね」

「たけのこは背が伸びるのが早いからね」

「そうだね。灰汁あくを抜かれる前に一皮むけるといいね」

「きっと彼女なら大丈夫じゃないのかな。なんといっても、今がだし、漕がないよりは、漕いでみるのはいいと思うよ」


 窓の外では、満天の月明かりのシャワーを浴びたたけのこと三段変速の自転車が、きらきらと銀色に輝きながら夜空を真っ直ぐに走っていた。 

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