ムギさんと涙

 お気に入りのシートに腰かけて、コーヒーを楽しみながら本を読んでいると、窓際の席から泣き声が聞こえてきた。ムギさんと僕は顔を見合わせると、おそるおそるそちらを見てみた。

 そこには、窓の外を見ながら泣いているにんぎょひめと、それを恭しく見守っている執事がいた。


「あの……えと……ねえ、どうしたの? ひめ。僕でよかったら話を聞くよ」

「あら、ありがとう。実は花粉症がひどくて涙が止まらないの」

 僕はちょっとホッとした。

「そうなんだ。だったらなんでマスクもめがねもしないで、しかも全開の窓際になんているの?」

「ね。ひどい話よね」

 ひめは泣きながらうらめしそうに執事を睨んだ。


「申し訳ございませんお嬢様。我が国の財政は水の中なのに火の車でございまして、お嬢様の涙からできるアクアマリンが頼みの綱なのでございます」

「わかっているわよイシダ。花粉症を利用して大量生産。年に一度のなのよね。でもね、わたしちょっとだけとてもすごくしんどいの。これ内緒だけど」

「申し訳ございませんお嬢様」

 執事はそう言って深々と頭を下げたまま、右に左に巧みに器を動かして、ひめの宝石をキャッチしていた。


「なるほど、そうなんだ。ひめはお仕事中だったんだね」

「そうなの。でも心配してくれてありがとう。うれしかったわ」

 ムギさんと僕は仕事の邪魔をするのは悪いと思い、自分たちの席へと戻った。

「ひめの涙はお金になるんだね」

「なんでも、ひめの涙が武器になる国もあるそうだよ」

「そうなんだ。でもやっぱりちょっと可哀想だね。僕たち、なにかしてあげられないだろうか」

 ムギさんと僕は相談し、ポケットの中の小銭を出し合って1杯のコーヒーを注文すると、ひめの所へと持って行った。


「ひめ、これを飲んで。僕達からのプレゼントだよ。そろそろ夜が明けるから僕たちはこれで降りるけど、がんばってね」

「あら、私に? 嬉しい! 本当にありがとう。嬉しくて涙が出ちゃいそう」

 ひめがにっこり笑いながら泣いていると、執事がびっくりした様子で声を上げた。


「ほほう……これはなんと綺麗な宝石。……そうか……その手がございましたか…」

 ひめがにっこりと泣きながら腕まくりをすると、右手にキラキラと光る三又の槍トライデントが現れた。そこまで確認したムギさんと僕は、後ろを振り返らずに急いで喫茶店を後にした。

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