ムギさんと満月

 ムギさんというのは僕の家の猫。ムギチョコのようにつやつやした毛並みにすらりと長い尻尾が自慢の黒猫だ。いつの頃からか家族の一員になっていた。母さんが言うには、僕よりも年上だそうだ。

 正直なところを言うと、僕はよその家の猫の事はあまりよく知らない。だけど、それでもムギさんは普通とはちょっと変わった猫なのだと思っている。


 昼間はつんとお澄まししていて、時々と鳴いているだけなのだけれども、夜の10時を過ぎたあたりになると、だんだんと人の言葉で話し出すのだ。

 しかも、たちの悪い事に、人の言葉で話しているのは僕の前でだけのようだ。母さんや妹に聞いても「ずっとニャーニャー言っているけど?」と馬鹿にされてしまう。どうやらムギさんは、僕以外の前ではなかなか尻尾を出さないらしい。


 ある満月の夜、屋根の上に並んで座っている時に尋ねてみたことがある。

「ねえムギさん、なんで君は猫なのに喋るんだい?」

「うーん、そういえば日本という国では百年生きた猫はと呼ばれる妖怪になるらしいよ。そしては人間に化けたり、言葉を喋るようになるんだって」

「それじゃあムギさんもなんだ」

 ムギさんは、不服そうにくるんと尻尾をひと振りした。

「君は小さなころから時々びっくりするくらい失礼なことを言うね。いいかい? もちろんぼくはでもなければ、妖怪でもないさ。第一、ぼくがそんなに年を取っているように見えるのかい?」

「ごめんごめん。でも、それならなんでムギさんは喋れるんだい?」

 ムギさんはしばらく無言で夜空を見上げる。そこには、満天の星空の明かりをかき消してしまうほどに煌々と明るい満月が、どっしりとたたずんでいた。しばらく黙って満月を眺めていたムギさんが、ふいに僕の方に向き直ってこう答えた。

「きっと満月のせいだよ」

「そっか。それなら仕方ないかな」

「うん。仕方ないよ」

 その後、ムギさんと僕は、ひときわ大きく見える満月をとっくりと眺めて部屋へと戻った。いつもより少し変わった事が起きるきっかけというのは、たいていは満月のせいなのだ。

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