第 3話 フォクトレンダーVSミノルタ
私は歴史の生き証人になろうとしている。
駆け出しの街【ヴィトー】において、一、二を争う実力を有する冒険者であるところのニコン・キャノン兄妹を、瞬殺と言ってもいいほど見事に倒したフォクトレンダーという魔術師の。
ならば私は、この男の目的を知りたい。どこまで高みを目指すのか、そこまでしてなにを得ようとしているのかを。
再びギルドに戻ったフォクトレンダーは、先ほどとは違ってひっそりと静まりかえった店内を一瞥し、ギルドカウンターへと向かっていた。
「この男を捜している」
「見たことありませんね」
フォクトレンダーは、スケッチをギルド員に見せて尋ねていた。しかし、反応は期待していたものではなかったようだ。
「あ、でも。人探しなら【ミノルタ】を当たってはどうでしょう?」
「どこにいる?」
「ここだ」
振り向いた先に、フォクトレンダーと同じくローブで全身を覆った男がテーブルで酒を飲んでいた。
とても声が聞こえる距離ではなかったが、手を挙げていることからその者がミノルタなのだろう。
フォクトレンダーはずかずかとミノルタの方へと向かう。
「この男を知っているか」
ミノルタはしばらくスケッチとフォクトレンダーを交互に見たあと、ローブを脱ぎ、フォクトレンダーの前に全身を現わした。
「知っている、と言ったら?」
「吐かせるまで」
ドッシャーーーン!
フォクトレンダーが軽く拳を振り下ろすと、テーブルが粉々になった。
店内からは悲鳴が聞こえ、ついには店員と我々以外、誰もいなくなっていた。
「ならカードで勝負しよう。俺に勝ったらその男の情報を教えよう。だが、俺に負けたなら……」
「我を好きにするがよい」
「オーケー、乗った」
情報の代償に自ら自身を賭ける、実にバカらしい賭けに思えるが、フォクトレンダーには勝算があるのかもしれない。
「俺の名はミノルタ。ジョブは【
「……………………」
トランプをフォクトレンダーは切り、不正がないかどうか素手で確認し再びミノルタに渡した。ミノルタは手袋をはめた両手で数度切り、カードを分配する。
「ゲームは【ジョーカー・セイヴァー】にしよう。手早く一回勝負でいいだろう」
ジョーカー・セイヴァーとは、複数人で行うばば抜きである。しかし、通常のばば抜きと異なるのは、抱えたら負けのばばではなく、ばばこそ護衛対象になっているのだ。そう、最後までジョーカーを持っていた方が勝ちとなる。
ただ、二人でプレイする場合、偶数枚と奇数枚からのスタートとなるので数を揃えるために、無作為に一枚だけ抜いておく。これで、全五十二枚でのジョーカー・セイヴァーの始まりである。
配り終えられたカードを、揃える度に場に捨てていく。気付けば、場には三十枚程度捨てられることになる。
「さ、取ってくれ」
「……………………」
静寂の中、スッというカードを取る音、パチャッというカードを捨てる音が響く。テンポよく進むゲームであるが、駆け引きの要素も多少はある。
そうだ。特に相手はアサシンである。カードの透視などお茶の子さいさいである。
しかし、フォクトレンダーもそのへんのガードは見事なものである。きっちりとカード全体を分厚い手で覆っていた。これならどんな手管を使用しても絵柄を見ることはできない。
「これだろうか……よし」
「……………………」
バタン!
突然、フォクトレンダーの腕がテーブルに着いた。一体なにが起きたのだ?
当然カードは開かれる。それを見てミノルタは、ジョーカーを手に入れ、カードをドンドン増やしていく。
「フォクトレンダーさん! あっ、手が!」
フォクトレンダーの手は腫れ上がっていた。火傷してもこうはならないだろうというくらいであった。
「気付くのが遅かったみたいだな。俺は暗殺者。鋭利なカードの端に毒を塗ったらどうなるかくらいわかるよな?」
「まさか、カードが指を擦るたびに、毒を蓄積させていたって言うの?」
ミノルタは手袋をしていた。そして、フォクトレンダーは素手であった。最初から正当な勝負をするつもりはなかったのだろう。相手の土俵に上げられた時点で負けは確定していたのだ。
「カードを取らないのなら、俺が続けるぜ……ん?」
「……………………」
しかし、フォクトレンダーである。最強の男である。
フォクトレンダーは震える腕を押さえ付けた。そして、カードをミノルタにしっかりと向ける。まだ諦めていない。
「やるじゃねぇか。だが万事休す。このカードを取ってゲームセットだ!」
「…………ふんっ!」
最後に残ったフォクトレンダーのカードにミノルタが指を出したときだった。
フォクトレンダーは、残った一枚のカードを空に薙ぐ。
すると、そのカードはミノルタの人差し指と中指に刺さり、ついには切断した。
鋭利なカードゆえ、切断力も非常に強いのだ。
「うっぎゃぁぁぁぁぁぁ! 謀ったなぁぁぁぁ、貴様ぁ!」
最初にイカサマをしたのは自分であることを理解していないミノルタだった。
「だが、解毒剤と回復剤はある――ない!?」
「ここに貴様の解毒剤と回復剤があるのである」
いつの間にかフォクトレンダーはミノルタの道具を査収していた。完全に優位に立ったのはフォクトレンダーである。
「知ってること一つで、回復剤か解毒剤を与える」
「わかった。その男の名前は【アルパ】だ。とりあえず、回復剤をくれ」
フォクトレンダーは回復剤をミノルタに与えた。ミノルタの切断された指が元に戻っていく。
「それから、その男は工業都市【プロミネント】にいまはいるようだ。もう一度回復剤をくれ」
フォクトレンダーは再び回復剤をミノルタに与えた。切断された指が完全に修復した。これで見た目は元通りである。
「他の情報は」
「ない、俺が知ってるのはそれだけだ。だから早く解毒剤をくれ。頭に毒が回っちまう前に!」
「情報一つにつきどちらかと言ったのである」
「なに!? おい、嘘だろ? は、早く! あぁ、毒が肩に上がってきた。だめだ、だめだ、早く解毒剤をっ! うわっ、わっ、わっ。あがべばっ!」
ミノルタの毒が完全に頭まで回ったようだ。頭が徐々に膨らんでいき、ついに。
パーーーーン!
ミノルタの頭が爆発した。完全なる死がそこに広がっていた。
「毒とは筋肉量で抑えるものである」
フォクトレンダーは、ミノルタの解毒剤を使用し、自らの肉体への毒を中和した。筋肉が多ければそれだけ毒が回るのを防げるということだ。フォクトレンダーはミノルタに致命的な一打を食らわせる機を窺っていたのだろう。自らの体を極限まで犠牲にしつつ。
こうして、再びフォクトレンダーの最強伝説が再び前進することになった。
半グレ魔術師肉体派 @coolmind
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