第 2話 フォクトレンダーVSキャノン

「私の名前は、ライカです。さっきは助けて下さり、ありがとうございます」

「……………………」


 男は相変わらず無口であった。胸元のプレートは、先ほど中堅下位ミッド・ロークラスのニコンという若者を倒したことから、新人ルーキーから下等下位ロワー・ローへとランクアップしていた。


「あのう。フォクトレンダーさん? 失礼なことをお伺いしますが、もしかして、裏社会で活躍されてた方なんじゃないでしょうか」


 この街【ヴィトー】では手練れの若者であるところのニコンを、魔術師というのが本当なら近距離の杖による物理攻撃で軽くいなしてしまった力を鑑みると、冒険者登録する以前に、かなり揉まれた生き方をしていたに違いない。

 しばらく待ったが、フォクトレンダーからの返答はない。


「今日はとても暖かい日ですね。洗濯物の乾きが早くて助かります。フォクトレンダーさんはいったいどこにお住まいなんですか?」

「……………………」


 やはり、フォクトレンダーは返事をしない。

 だが、完全に気に留めてないというわけではないのだろう。私が声をかけるたび、視線をこちらに一瞬向けるのがわかったからだ。


「そちらはギルドですね。お仕事をお探しなんですか?」

「……………………」


 フォクトレンダーは、怒った肩をスッと降ろした。そして、ついに私の方に顔を向ける。


「……どこまで着いてくるのだ」

「あなた様が向かう先、どこまでもです」

「迷惑なのである」

「そんなことを言わないでください。命を助けて頂いたお礼がしたいのです。でも、ご覧の通り私は貧しく、金銭でお返しすることはできません。なので、私をあなた様の奴隷として従属させて頂きたいのです」

「……………………」


 私の、奴隷になりたいという言葉にフォクトレンダーは一瞬怪訝そうに目を細めた。過去になにかあったのだろうか。


「我に着いて来ようものなら、死期が早まるだけである」

「それは、あなた様のために死ねるなら着いてきてもいいってことですよね」


 フォクトレンダーは、口をギュッと結んだ。


「……知らん」


 そう言いながら、フォクトレンダーがギルドのスウィングドアを開けたときだった。スウィングドアの横によからぬ考えをもつ者が、足を差し出して、フォクトレンダーを転ばそうとしたのだ。


「おっとっと!」


 フォクトレンダーはつんのめったものの、なんとか転倒は免れた。

 しかし、無防備になったフォクトレンダーに対して、ギルドの奥から突然、すごい勢いでなにかが飛び出してきた。


「! ふんっ!」

「きゃっ!」


 フォクトレンダーが軽くよろめいた。いや、よろめいたのが幸となした。フォクトレンダーが先ほどまでいた場所に、矢が突き刺さっていたのだ。


「誰よ、こんなことするのは!」

「へへっ」

「ひっひっひ」


 私が声を張り上げても誰もまともに取り合ってくれない。それがこの街の冒険者ギルド【トロニエ】の正体である。ギルドには光も闇も含まれているのだ。


「おめぇがフォクトレンダーだな」


 一人の若者が、フォクトレンダーの前に出てきた。背格好は、ちょうどニコンと名乗っていた若者と同様であった。違うのは、持っている武器であった。


「そうだとしたら、どうなのであるか?」

「俺の名はキャノン。おめぇが無残にも殺したニコン兄ぃの弟分よ。その仇、取らせてもらう!」


 目を赤くしていたキャノンという名の若者は、いわゆるクロスボウを持っていた。遠距離狙撃手のジョブであろうか。


「いつも狩りに出るときはニコン兄ぃと一緒だったんだ。どうして今日は……くそくそっ! 表に出やがれ。決闘だ!」

「……………………」


 フォクトレンダーは有無を言わされず、ギルド前の通りへと出された。そして、ギルドの若者たちが人払いをして道を開けた。


「あんた、ニコン兄ぃを近距離物理攻撃で殺したそうだな。なら、遠距離対決といこうじゃねぇか。魔術師だし、そっちも得意なんだろう?」

「フォクトレンダーさん、あれは明らかに罠です。先ほどのコンビネーション攻撃を見たじゃないですか、やめてください」


 フォクトレンダーはローブをいま一度深く被った。その瞬間、ジャリという重い音が奏でられた。


「背中を合わせて立ち、互いに十五歩歩いたところで振り返って攻撃、このルールで行くぜ?」


 フォクトレンダーは太い眉毛を上下させて肯定の意を表した。

 キャノンとフォクトレンダー、それぞれが背中を付け、カウントを始める。


「いっち、にぃ、さん、しぃ、ごぉ」

「……………………」


 歩幅は二人合わせて一メートル強である。十五歩離れると言うことは十五メートル以上もの距離になる。

 一般に魔法攻撃は十メートルが適用範囲である。

 どうみても、フォクトレンダーに勝ち目はない。


「ろく、しっち、はっち、きゅう、じゅう、じゅういち、じゅうに、よしいまだ!」

「……………………」


 キャノンが十二まで数えたときだった。突然、フォクトレンダーの足元が崩れ、そこに仕込まれていた輪にしたロープが引き上げられる。

 必然的に、フォクトレンダーの足が輪にはまり込み、締め付けられる。そして、それと共に、ギルドの屋根に潜んでいただろう二人の若者がフォクトレンダーの両腕に輪にしたロープを引っかけた。


「フォクトレンダーさん! ちょっと、卑怯よ!」

「へっへ。おめぇは自分のことを気にした方がいいんじゃねぇか?」

「え、きゃっ!」

「あの男の奴隷から俺様の奴隷になるんだからよ」


 私はいつのまにか複数の男に囲まれていた。


「死ねっ!」

「フォクトレンダーさんっ!」


 キャノンはゆっくりと振り返り、矢を放つ。矢はまっすぐフォクトレンダーの胸へと向かって吸い込まれていく。

 その直前、ようやく体を翻すことができたフォクトレンダーだった。


 ズドン!


 しかし、無情にもフォクトレンダーの体に矢が刺さった。胸に矢を食い込ませたまま、フォクトレンダーは大の字に倒れる。即死だろう。


「たあいもねぇな」


 キャノンはゆっくりとフォクトレンダーの元に向かった。そして、死亡を確認しようと首筋に手を伸ばしたときであった。


「13、14、15……数えたのである」

「ふほへはっ!」


 フォクトレンダーが突然息を吹き返したかと思うや、カウントを終わらせ、その直後、握っていた魔法の杖をキャノンの頭に叩き付けていた。

 哀れ、キャノンの体はカウントが始まる元の位置まで吹っ飛ばされていた。


「不正は許さないのである。最初から数えるのである」

「いてぇいてぇよ! まさか、ニコン兄ぃのように苦しみながら殺されちまうのか、俺。イヤだ、イヤだ! 俺は死にたくねぇ」

「では代わりに我が数えるのである。1、2、3、4、5」


 まるで聖職者のように諭す口調で、フォクトレンダーはゆっくりとキャノンの方へと歩を向ける。これは、生へのカウントアップとなるのか、それとも死へのカウントアップなのか。


「6、7、8、9、10。このままでは苦しみながら死ぬことになる」

「じゅ、じゅういち、じゅうに、じゅうさん、じゅう――」

「死」

「ぽぱぺはほぅっ!」


 しかし、キャノンは十五までカウントアップできなかった。膨らんだ頭が破裂し、花火のように脳漿をあたりにぶちまけることになってしまった。

 私はフォクトレンダーの元へと駆け付けた。


「フォクトレンダーさん。いったいどうして矢を……あっ!」

「胸板とは盾なのである」


 矢を抜き去った際、鏃には血の一つも付着していなかった。極限まで肉体を鍛えた者のみが得られる肉体凶器そのものである。

 私は、フォクトレンダー伝説の一節をこう記しつつ、次の話を待つのだ。

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