半グレ魔術師肉体派

@coolmind

第 1話 フォクトレンダーVSニコン

「ひぃぃぃっ! お、お助けを!」

「へっへ、いいナリしてんじゃねぇか、お前。でもまだ、隠してんだろう? お宝ってやつをさ!」

「な、なにも、あんたらが狩っていったもんで最後だべさ」

「お、お父さん!」

「ほら、わけぇ娘がいるじゃねぇか、あん?」

「そ、その子だけは、その子だけは助けてくだせぇ!」


 ここは、始まりの街【ヴィトー】

 駆け出しの冒険者たちが最初に集う街として有名である。そこそこ平和で、そこそこ人口もある。なので、平易なものが多いが、仕事も充実している。

 その街角で、髪の毛を刈り上げ、肩パッドと革製のサスペンダーを装着した屈強そうな若者が、中年の男性とその娘らしき者を襲うテンプレートめいた光景が繰り広げられていた。

 強き者が弱き者を蹂躙する――それが当たり前の世であるが、この街にしては非常に珍しいイヴェントである。だが、みな関わりたくないのか、見て見ぬフリをして行き過ぎていく。


「へっへっへ、いいメスじゃねぇか! 上物だぜ、こりゃ!」

「やめてくんろ、やめてくんろ!」

「やかましい!」


 若者が老人の娘を取り上げ検分する。舌をペロリと舐める様は、嫌悪感すら覚えるほど醜い。どこからどう見ても悪者であった。


「とりあえず、もらってくぜ! ……っと!」


 若者がすがりつく老人を足蹴にして、娘を肩に乗せて去ろうとしたとき、一人の異形の存在とぶつかった。


「おい、どこ見てやがんだ! ひっ!」

「……………………」


 若者がぶつかったのは大男であった。それも並大抵の大男ではない。若者が子供に見えてしまうほどの体格差であった。だからか、若者は一瞬ためらう。

 しかし、その大男の胸に表示されたプレートを見てせせら笑った。


「かかかっ! そのナリで【新人ルーキー】クラスだぁ? 冒険者デヴューの開始と共に終了なんてざまぁねぇな! 笑いがとまんねぇ!」

「……………………」

「おい! なにか言いやがれよ。ははーん、さては俺様にビビっちまって声も出ねぇんだな。そりゃ無理もねぇか、俺は【中堅下位ミッドロー】クラスだもんな。この街じゃ一、二を争うランカーだぜ! 疾風怒濤のニコン様と言えば、俺のことよ」


 ニコンと名乗る若者は、胸のプレートを自慢げに見せ付けた。そう、このプレートこそ、この世界の冒険者のランクを表すプレートなのである。何者によって書き換えられているのかわからないが、冒険者として登録した直後から、命ある限り自動的に更新されるのだ。

 そして、このプレートを身に着けたときから、ランク争いは始まる。

 通常なら、ギルドで仕事を受注して、魔物を討伐したり交易したり護衛したりして順当にランクを上げていく。しかし、ランクを上げる裏ルートもあった。そう、冒険者同士の殺し合いだ。


「【新人】狩りなんざ、経験値的に割に合わねぇんだけどよぉ。ま、俺様の更なるランクアップのためのエサになってくれや! ふんっ!」


 ニコンは隠し持っていた武器を振るった。恐らく、【忍者ニンジャ】か【暗殺者アサシン】といったジョブなのだろう。そしてさすがは【中堅下位】である。その動きは俊敏であった。並の者には武器すら見えていないだろう。


「……………………」


 しかし、大男は動じない。

 例え、ニコンの持つ武器が大男の目をえぐる寸前の位置で止めたとしてもだ。

 目の前に突然ナイフが現れた、と慌てふためくところである。


「かかかっ! なーんにも反応できてねぇでやんの! ここまで案山子かかしだとつまんねぇよ! ほら、さっさとてめぇも武器を出せよ! 張り合いがねぇじゃねぇか」


 大男の余裕なのか、それともニコンが言うように本当に反応できなかっただけなのかはわからない。

 だが大男は意に介したふうでもなく、全身をくまなく覆っていた純白のローブから、にゅっと腕を突き出した。丸太のように太い腕である。しかし、その腕に見合わない物が握られていた。


「おい、あんた、そのガタイでまさか【魔術師ウィザード】なのか、あん? ぷはははっ、こりゃ傑作通り越してやがる!」


 そう、大男が取り出したのは魔法の杖であった。持ち手は雲のような紋様が浮かび上がっており膨らんでいる。どこでもよく見かける杖であった。


「さて、近接格闘に長けた俺様に対して、遠隔格闘主義の魔術師様が相手だぁ。かーっ、つまんねーなぁ。でもな、これも運命だと思って諦めな。死ねっ!」


 ニコンは二本のナイフを逆手に持ち替え、左手・右手の順番に前へ薙ぐ。まるで手練れの船乗りが船を漕ぐように、自然で悪意のなさそうな所作であった。

 その軌道は確実に、大男の首筋に向かっていた。今度は直前で止めるつもりはないだろう。ナイフの速度が音速を超えて衝撃音を発したからだ。その音は、大男の頸動脈から流れる血を欲さんがごとく、獰猛な音であった。


 しかし、


「ぼべばっ!!!!」


 次の瞬間、ニコンは地面に仰向けになって転がっていた。

 いったいなにが起ったのかわからない、そんな表情を浮かべている。


「ぐぁっ! いてぇ! いてぇよ! 貴様いったい何をしたんだ!」


 ニコンは起き上がろうとするが起き上がれない。それもそのはずである。

 ニコンの側頭部は、見た目にも明らかなくらい見事に凹んでいたからだ。まるでたんこぶを逆にしたようにだ。

 位置的に、そして行動的に、三半規管をやられたのは間違いない。


「魔法か! 近接攻撃魔法なんだな! ちっきしょう! 油断したぜ! くそっくそっ! 魔法なら、魔法回復剤ヒーリング・ハーブで治せる、魔法回復剤を……」


「……無駄だ」


 大男は初めて口を開いた。

 その声は低い。まるで、幾多の困難に打ち勝ってきたような威厳すら感じられた。

 しかし、聞く者にとっては絶望感に苛まれる声だ。もはや、抵抗はできない、と。


「な、なんだと!?」


 通常、魔法力による攻撃は肉体を損傷させることができるが、あくまでそれは一時的な効果である。なので、魔法回復剤ヒーリング・ハーブ回復魔法ヒーリングを使用すれば回復が可能となる。しかし、大男はそうではないという。


「どういうことだ、ハーブが効かねぇぞ! ……ってことは、まさか!」


 ニコンは手にした薬草を頭に塗りつけるが、頭皮がテカテカになった以外に効果はないようだった。疑問が渦巻いているのだろう。負傷の理由を求めて視線を漂わせている。

 そしてついに、大男の持つ杖に視線が定まったようだ。大男の杖には、ニコンの髪の毛と血がみっしりと付着していた。


 だが、時既に遅しである。


「……魔法の杖は最強の鈍器である」


「な、な、なんだと!? う、う、うぎゃーーーーーーーっ!!!!」


 ニコンは数度体をけいれんさせた後、頭部をザクロのように爆発させた。一目でわかる死亡状態である。杖での物理攻撃により、オーヴァーキルされてしまったのだ。


「あ、あ、ありがとうございますだ」


 老人が、危うくさらわれそうになったと共に、大男に土下座をして礼を言う。そして、最後に尋ねた。


「あ、あなた様の名前を教えておくんなまし」


 大男は、清浄に見える布で杖の血を拭い、背を向ける。そして一言、


「最強の魔術師【フォクトレンダー】」


 こうして私は、魔術師・フォクトレンダーの偉業を綴る旅に出ることを決めたのだった。

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