第百十六話 あたいの業火 その4 

 「レミ姉!!」


 花の下から生えているつぼみを麗美に向けている。

 ここからフェンディが一体何をするのかは目に見えていた。

 速くしないと麗美が危ない。


 「やめろっ!」


 要は剣の炎を押しているツタを強引に押し退けると、種爆弾が発射されるであろう軌道上まで全速力で飛行。

 あの脆い身体では木端微塵なのは考えなくても分かる。

 その姉よりは頑丈な自信がある自分が受けてでも守り抜かないといけない。

 いつもよりスピードが遅く感じる中、フェンディのつぼみが膨らむ。


 (間に合え!)


 フェンディは膨らんだ部分から黒く大きな種を吐き出した。

 爆弾はやはり麗美へと向かっている。

 要は爆弾に引き寄せられるように腕を伸ばし、剣を突き出す。


 「いっ――」


 確かに炎の矛先が種に触れてるのが確認できると、視界が一瞬黒く染まった。

 即座に大きな衝撃が要の全身を押し潰す。

 思考が止まっている間に、固い地面が背中を激しく擦った後、無気力に倒れこむ。

 視界が何重にもぼやける。

 胸に圧迫感があり、呼吸するのもつらい。

 いくらなんでも身体が持たない。

 体を動かそうにも、どれも拒絶して中々思い通りに動かない。


 「レ、レミ姉.....」


 ようやく呼吸もできるようになった頃、痛む体を無理やり服従させ、少しずつ上体を起こす。

 少し霧がかかっている中で分かるのは、ウネウネとダンスを踊る緑の物体たち。

 それを見た彼女の闘志が消え失せていく。

 もうすぐ自分は葬られると確信する。


 (レミ姉、もう......)


 結局こうなってしまうか。

 せっかく身を挺したのに、これでは元も子もない。

 だが彼女に戦う力も残っていないし、あったとしてもあの花との力の差は大きい。

 意識を手放すスイッチに指を置いているような状態だった。


 (ごめん......)


 麗美を助けられなかったことを悔やみながら、そのまぶたを下しかけた時、何かが炸裂した音を聞き取った。


 (種......?)


 だが、フェンディが今までにないくらいの大きな悲鳴を上げ続けており、その特徴的な声によって彼女は気を持ち直した。

 もう一度フェンディの方を見てみると、胴体の花の付け根付近から黒煙を吹き出しながら悶えていた。

 あそこは枝があった場所だ、葉が燃えながら散っている。


 「な、なんで......」


 少し目を左右に動かすと、低木から腕が力なく伸びていた。

 あそこに人が存在するとすれば間違いない、麗美だ。


 「レミ姉......」


 彼女がフェンディに向かって援護射撃を加えたのか。

 規模からして魔法弾一つだけだが、それがチャンスのきっかけとなった。

 フェンディがしばらく悶え続けていると、茎から無数に生えていた棘が次々に剥がれているのが分かった。


 「フェンディが......!」


 要の勘が当たった。

 あの枝から伸びていた葉が光合成でも行っていだろう、それで得たエネルギーを使って、フェンディの力を強大なものにしていた。

 その確たる証拠が、それらを全て失った時の衰退ぶりである。

 地面には棘が散乱し、身体も気のせいだとは思うが小さく見える。

 花は開いてはいるものの、花びらはしおれつつある。

 

 「こっちも負けては――」


 麗美を助けるために奮闘したつもりが、逆に麗美によって窮地を救われる格好となってしまった。

 姉がいかに頼りになるのかを再認識すると共に、要は感化され、傷だらけの体にムチを打つ。


 「――いられない!!」


 足に力を入れて立ち上がると、その勢いのままに走る。

 フェンディも負けるわけにも生いかず、棘が削げたツタを振り回すが、頑丈さは持ち合わせていない。

 妨げに対して要は丁度出現させた槍を一振りすると、ツタはいとも容易く切り裂かれる。

 フェンディ本体まで近づくと、歯を食いしばって体を跳躍させ、口が露出している花の真上へ。

 明らかに苦しんでいるのが分かる。


 「らあっ!!」


 花が心臓部にあたるだろうというのは直感だ。

 そこに容赦なく槍の矛先を斬りつけると、フェンディの歯が飛び、花の奥から大きな悲鳴が上がった。

 耳がどうにかなりそうなので、反射的に二度目三度目と大振りで断する。


 「ギ、ギギギ......」


 フェンディの花が傾き始めたとき、要はそれを蹴り落とすように跳び、原形をとどめていない地面へ着地を試みる。

 だが足を付けたときに力が入らなくなり、結局尻餅をついた。

 ゼエゼエと息を切らしながら立ち上がり、麗美を探すとすぐに低木に倒れている彼女の姿があった。


 「......おーい」


 要が呼びかけるも、眠っている状態から反応は無い。

 さっきと同じように脈を確認するが、やっぱり生きている。

 要はほっと溜息をつく。


 「レミ姉......ありがとう」


 その途端、また背後でゴソゴソと動き回る音が聞こえた。

 それと共に、小さいながらもジャラジャラ声が耳に入った。


 「え」


 嫌な予感を抱いたまま後ろを向くと、倒れていたはずのフェンディがゆっくりと起き上がっていた。

 茎はしおれており、花はもうボロボロなのだが、それでもあの花は未だに灯を消すことはない。

 斬ったばかりの口を要たちに見せると、歯は大部分を失っている中で、不敵かつ不気味な笑みが復活していた。


 「んな、まだ......」


 終わったと思った戦いがまだ続いていたのだ。

 もはや気力だけで意識を保っているといってもいいぐらいの状態の要にとっては苦痛の他ならなかった。

 だが限界を迎えているのは相手だって同じはず。


 「じゃあ、かかって――」


 要は自分自身を鼓舞し、戦闘態勢に移ろうとした時、一本の黒い物体が地面の表面から突如として現れた。

 一瞬フェンディのだと思ったのだが、色が明らかに違う。

 黒いムチはそれを皮切りに、次々と湧き出てくる。

 見た目も迫力あるそれらは、フェンディに対して敵意むきだしで巻き付く。


 「ギャアアアア、ギャアアアアアア!!」


 巻き込まれたフェンディは悲痛な叫びをあげながら、テッペンの花の首元を締め上げ、捻じ曲げる。

 花はブチっという音を出すと、同時に声は途切れた。


 「これって......」


 この黒い物体は見覚えがあった。

 フェンディの息の根を止めたムチは、もぎ取った花を捨てると、吸い込まれるようにスムーズに消え去った。

 フェンディの胴体が力なく倒れた先の正門には、緑の着物を着た狐女が堂々と立っていた。


 「サナ姉!」


 要はサナの元へ向かおうとしたところはたと思いつき、麗美の前へ近づくと、彼女を赤子のようにそっと抱き上げ、やっとサナの方へと歩み寄る。

 一方のサナも、途中に行く手を阻んでいる胴体を黒い闇手で切断し、退かしながら近づく。

 二人の距離が目の前にまで近づいた。

 義姉の表情は真剣だが、戦闘時のような冷徹さは備えていない。


 「......2人とも、すごい傷ね」

 「サナ姉、レミ姉を」


 要はレミをサナの前に差し出すと、闇手が一つうねり出て、麗美の腹に巻きまがら持ち上げる。


 「要は?」

 「あたいは......これぐらいなら一人で病院行けるし」

 「無茶は駄目よ」

 「無茶なもんか」


 意識を保つのも困難になりつつあるなか、サナの心配も拒み、彼女に背を向ける。

 病院はここからおおよそ500メートルはあるだろうか、そこまで遠くはない。

 要はいざそこに向かって飛び立とうとするが、それは満身創痍の体が拒絶する。

 仕方無く歩いて裏門から去ろうとする。


 「要」


 後ろでサナの声が聞こえたかと思うと、後ろからそっと抱かれた。

 優しく、温もりのある抱擁だ。

 彼女の中の壁が一斉に決壊した。

 そこからは安心感がなだれ込み、彼女の中の何かが次々に切断されていく。

 まるで、自分の実の母に抱かれたような感覚。


 「お......かあさ......」


 それに抗う術もなく、要は自分の意思に反して眠りへと落ちて行った。

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