第百十七話 若執事は忙しい その1

 「えっと、次は書斎っと......」


 静かなミカの邸内を忙しく小走りで駆け回る曉。

 左手にはモップを手に持ち、腕には台拭き2枚と、水を入れたバケツが掛けられている。

 彼が走る廊下はコンコンとリズムよく音を立てている。


 「お嬢様は任務、妹様は中学校、そして私はここの屋敷の手入れですか......」


 曉の日課......それはこの豪邸内の掃除だ。

 今向かおうとしている書斎や、ミカとメアリーの寝室、エントランス、風呂場等、邸内のすべての部屋はこの曉が担っている。

 ミカの使用人は彼しかいないわけだから、当然この係も彼一人でこなさないといけないが、ほとんどはメアリーが帰ってくる前に用を済ませる。

 とはいっても、全て掃除してるわけではなく、客室等の普段使わない部屋はスルーしている。

 だがそれは単なる怠慢ではなく、使われる時が来たとき、どんなに汚くてもそれを跡形残らず始末する自信があってのことだ。


 「よいしょ」


 曉は書斎の扉の前まで来ると、早速取っ手を持って手前へ引く。

 そこにお目見えになった本棚の大半を埋め尽くす本は、種類様々な背表紙が据わっている。

 正面には、窓から差し込む陽に照らされてる木の机が設置されている。


 「では開始です」


 曉は手に持っていたモップを使って床掃除を開始する。

 もじゃもじゃとしたモップを床に着けると、左右にスライドさせながら少しずつ後退する。

 これを素早く、かつ丁寧に行う。

 ゴミやほこりはあまり見当たらないが、毎日掃除してなかったらそんなことはないだろう。


 「......ほ、これで床は全部磨けましたか。では次は机です」


 床を一通り磨き終えたら、次は窓をバックに配置されている机を濡らした台吹きで拭く。

 さっき汲んだ水を入れたバケツに浸すと、思いっきり布を捻じ曲げて出来る限りの水分を絞り出す。

 それを一回畳んで、机の奥からてまいに引くようにして全体を拭く。

 その後にすかさず乾拭きをする。


 「これでOKです。次は――」


 机をふき終わった曉はふとそとの窓を除く。

 そこから見える正門からは、壁に沿うようにして道が敷かれているのだが、その路上に怪しい隊列が移動しているのが見えた。

 薄茶色の岩のような物体がゆったりと前進し、その周りを黒い服装の集団が取り囲んでいる。


 「エネミー......?」


 不審に思った曉は布巾を机上に放置して後ろの窓を開けると、そこへ足を放り投げるようにして飛び降りる。

 天人の曉は降下しながら白い翼を両翼広げ、それを羽ばたかせながら減速し、ゆっくりと地に足を付ける。

 鉄柵の門を挟んで、曉と十人程の黒い集団、もといエネミー一体が対峙をする。

 エネミーだけの訪問なら山ほど見たが、今回はエネミー一体と、それを従えている複数の人物という初見のパターンだ。


 「ご用件はなんでしょうか? 生憎ミカお嬢様はお留守ですが」

 「......」


 パーカーを被っているところから、クローバーの残党ということも視野に入れながら、こっちから話しかける。

 しかし、彼らから誰一人として返答は来ない。

 何か返してくれるかと思ったのだが、ただその場に突っ立って、じっと前を見ているいるだけ。


 「妙なペットを連れてきていますが、あなた方は何をするおつもりで?」

 「......」


 もう一回問うがやはり沈黙を貫き続けている。

 全身がゴツゴツとしたエネミーも、時折大きな口を少し開いて見せたりするが、特に反応は無い。

 肩透かしを食らった気分を味わうと共に、馬鹿にされてるような気がして恥じらいも覚える。


 「こ、困りますよ何も話してくれないのは――」


 曉が苦言を呈した矢先、突然パーカーの人間たちが動き出す。

 そのうちの一人が手が出ていなかった裾から突然紫の光を放つ剣を出すと、鉄柵のストッパーを思いっきり断ち切る。

 彼らは乱暴に蹴り開けると、そのまま曉に矛先を向ける。


 「ああやっぱり」


 こうなることは分かりきっていた曉は冷静に腕を天獣手へと変化させると、至近距離まで急接近してきた黒の一人の刃を握りしめ、軽く砕く。

 電気が消灯したように突然として剣が消滅した後に、彼の頭部をフードごと鷲掴みにする。


 「人はあまりあやめたく無いんですが......」


 若干の抵抗を持ちながらも、曉は掴んでいる手から気砲を発動し、同時に炸裂した。

 掴まれた頭は跡形もなく消し飛んだ。

 しかし、異変が見られたのはその時だった。

 絶命したであろうその人は、血を噴き出す様子も無く、そこから黒い煙がむわっと出てきた。

 それが彼の体を構成していたのか、そのまま気化して無くなった。


 「これは、もしかして......」


 少し驚いたのと同時に察した曉の気持ちは、少し軽くなった。

 まだ門の前で佇んでいるエネミーを匿っていた集団は、人間ではないと。


 「......あなた達は、人間じゃないと言うことで、宜しいでしょうか?」

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