第百十五話 あたいの業火 その3

天地が逆さまになった。

 足元からは太陽の光が差し込み、頭上のは地面で覆われている。


 (グングニルが......)


 あの槍が一発で折れたという衝撃はそこそこのものだった。

 侮っていたが、相当な強さだ。

 上昇から一転、要の体は蓋をされた天へ下降していく。


 「やばっ、当たる」


 まだ腹にヒリヒリと痛みが残っている中、要は地上数メートルのところでスピードを落とすと、来るっと体を回して天地の向きを元通りにし、ゆっくりと地に足をつける。

 その次にすぐに低木でぐったりとしている麗美のもとへ走る。


 「れみ姉......」


 ゆっくりとうつ伏せになっている麗美を仰向けに回す。

 そして恐る恐る麗美の胸元に耳を当てる。

 ゆっくりながらも一定のリズムで、確実に聞こえる拍動を聞くと、ゆっくりと息を吐いた。


 「良かった、ちゃんと生きてる......」


 頭を打って気絶しているようだ。

 あの打撃音からしてスピードは半端なものではないはずだが、無様に潰されているわけでもなく、目立った傷は無い。

 恐らく飛ばされてる最中にその反対方向に力をかけて、物にあたった時の衝撃を最大限抑えたのか。


 「じゃあ、あとは私がやるから」


 さすがは我が姉と感心しつつ、彼女の意識を引き離した犯人へと目を向ける。

 巨大な茨のムチは円を描くように配置され、その中心には大きな赤バラ、フェンディが雄大に咲いていた。


 「おお、これが......」


 茎の棘や花弁が美しく、要は敵ながら見惚れてしまったが、花がこちらへ向いた瞬間その印象は粉砕される。


 「う......!?」


 本来ならおしべやらめしべやらがくっついてあるはずが、それは丸ごと切り取られ、その代わりに人間の口が不気味に現れ、合成写真を3Dにして動かしているような感じ。

 その他が綺麗だと思っていたので、余計にシュールさが増している。

 フェンディの口はにやりと笑いながら舌なめずりをし、それが要を軽蔑しているように見える。


 「......気持ち悪いぞ!」


 要は一転して悪口を吐き捨てると、両手を大きく引いた後、その掌をフェンディに向けて勢いよく出す。

 腕が伸びきった瞬間、そこからは巨大な炎が一挙に爆裂すると、ビーム状に一直線にフェンディを襲う。

 炎に包まれるとフェンディから「ギャア!」という、高いだみ声が聞こえた。


 (視界を奪った隙に!)


 要は炎を出した直後、それについていくようにフェンディに向かっていく。

 また炎をだし、固形化させるが、今度は槍ではなく剣に変形させた。


 炎の中からフェンディが出てきた。

 ダメージを負っている様子はないが、視界を奪うための攻撃だったので想定内。

 要は両手で握った炎剣をフェンディの、花付近の茎に向かって振り下ろす。

 が、音は植物の繊維を切るようなものではなく、鋼鉄以上のものを叩いたような感じであった。

 その上、要の手に伝わったのは腕の芯にまで響くしびれであった。


 「えぇ......!?」


 要は痛みと精神的な衝撃で顔を歪める。

 開花する前はすんなりと入ったのが、今となると傷をつけられないまま弾き返されてしまう。


 (レベル5って、もしかして花が咲く前の......)


 要はフェンディのレベルを悟る。

 もしあの時、開花する前に地面に潜って帰ったならそのレベルでも納得がつく。

 だがこれは......間違いなく6以上は行っているであろう。


 「他に斬れるところは......!」


 要は他に場所は無いかと、赤い棘を生やすツタに追われながら周りを飛んで回ってみる。

 そして目を付けたのが、胴体から分かれている枝。

 丸みがある葉をつけている枝四本は、茨はついているが太さが短い。


 「ここは......!」


 要は狙いを見つけると、その枝の一つに回って、剣を下から思いっきり振り上げた。

 そしたら予想通り、少し抵抗はあったが枝を胴体から切り離すことに成功。

 フェンディは業火を被った時よっりも大きな悲鳴をあげる。


 (よし、やっぱり壁が薄いんだ!)


 ようやくフェンディに対するダメージを与えることができた。

 とりあえず希望は見えた。


 「そらっ、ほかのやつも!」


 要は他の枝も次々に切り落とそうと、その下にあった枝も、飛行の勢いを使いながら落とす。

 またもやジャラジャラとした悲鳴が聞こえるがそんなことは気にせず、次に目に入った地面に這いつくばっている茎から生えてある枝をブち斬ろうと飛行する。

 ツタに妨げられるも、それを弾き返してついに3本目の枝を斬った。

 やはりフェンディの悲鳴が聞こえた。


 「よし、あとは......」


 最後は、花の付け根付近に生えている奴だ。

 これを全部落としたらきっと何か起こるだろうと期待を募らせ、その方向へと飛ぼうとした矢先、小さい針が左足首全体に食い込んできた。


 「が......!」


 ツタに掴まれたということは、見ずとも理解できる事実であった。

 だが、どうやって解くかなど考える暇もなく下へ勢いよく引き込まれたかと思うと、頭部や背中を大きくたたきつけられてまた跳ねる。

 ほんの一瞬だけ、意識が飛んだような気がした。

 要は打撲で朦朧としながら地面に転がる。


 「うぅ......ぐ......」


 後頭部から回ってきた痛みが脳全体に響き渡る。

 ちょっと気を許したらすぐ失神してしまうような気がして、気力で持ちこたえる。

 要は息を強く吐きながら体を起こし、まだ視界がぼやけている目でフェンディを見ると、花のすぐ下から、何かが生えているのが認識できた。


 「つ、つぼみ......?」


 また花を咲かせるのかと、クラクラとする頭で考えるが、どうやらそうではなかった。

 フェンディはつぼみの先を要に向けてきたかと思うと、つぼみの皮は一瞬膨張し、そこから人の頭ほどのサイズの物体が飛んできた。

 種のような感じだ。


 「ぬぐ......!」


 危険を感じた要はすぐに横へ飛びつくように避ける。

 その直後、爆発音が鳴り、風圧が要の体を浮かす。


 「うわ、爆弾!?」


 空中で体勢を整え、後ろを向くと、辺りは煙が大きく舞い上がっていた。

 あの種は爆発物の類だった。

 また一つ厄介な攻撃が増えたか。

 そうしているうちにも、フェンディの種爆弾を、要に向かって打ち続ける。

 要はその爆弾と、棘のツタの二つの攻撃を相手にしなくてはならなくなった。

 何とか最後の枝を取りたいのだが、ただでさえ多い手数がさらに増え、困難が増す。

 頭を打った影響でまだ頭痛がする。


 「くそっ......!」


 ツタが一本、要を叩きつけようとするところを、彼女は剣で受け止める。

 かなりの重たさである。

 と、要は顔をずらしてフェンディ本体の様子を伺う。

 つぼみの一つは確かに、要の方に睨むように先をこちらへ向けている。

 だがもう一つは、要とは違う右横を見ていた。


 「なんだ、あれ......」


 要が不審に思い、そのつぼみが向いている方向に目をやる。

 ......つぼみは、ぐったりとした麗美へと、確実に向けられていた。

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