第5話 山小屋



 獣道の先に見えるその小屋の周りには、芋の葉がみっしりと群生し、山の背の高い木々が小屋を包みこむよう立ち並ぶ。小屋の前には丸太を切って作った椅子と机があり、その横には井戸のポンプ。雨戸がしっかりとはまった扉と窓は、誰もいない事を示している。山の木々に溶け込むようにひっそりと建つその小屋は、まるでその自然に守られている様にも見える。



 俺と彩はバックパックを下ろし、その椅子に立て掛けた。俺は井戸のポンプのハンドルをゆっくりと上下した。始めは少し濁った水が出てきたが、すぐに綺麗な透明な水が流れはじめる。俺は手を洗って、その水を手ですくい、少しだけ口に含む。それは街の水道水とは違う、柔らかくて甘い水。


 「彩、飲んでみる?」と言い、手にすくった水を彼女に勧めた。


 彼女はその水を俺の手から飲んで、二ッコリと笑い、

「おいしいね。」と言う。


 彼女はバックパックから、街で買ったお揃いのステンレスのカップを取り出してそれを洗い、俺はその間、小屋の軒下にあった、桶を持って来て、彼女の後、それを洗って、チョロのために水を入れ、机の横に置いた。チョロは喉が渇いていたのか、シッポを大きく振りながらその水をチャブチャブと音をさせて飲んでいる。


 俺は彼女が渡してくれた、カップを手に取り、

「ここで、俺達の新しい生活を始めよう、彩。」と言い、その冷たくて甘い水で乾杯をして、キスをした。


 

 机に腰掛け、無邪気に走り回るチョロや山の木々を見ながら休みをとった。


 心地いい風が優しく吹く。

 ここでなら生きれそうだなと思う。


 10分位そうしてただろうか、彩が、

「優、そろそろ、始めない?」と言うので


 「そうだね。」と言って俺達は立ち上がった。



 まず、雨戸を外し、外側に引いて開ける窓と扉を開き、小屋の中の空気を入れ替える。小屋の中は、去年の夏、1人で来た時とほとんど変わりなく、綺麗に整頓されている。土間にはかまどがあり、1週間分位のまきや小枝がその横に既に積まれていて、その逆側は水桶と小さな調理台と棚がある。畳み15畳程の部屋は板張りで、その中央には小さな囲炉裏があり、窓のない壁は棚に成っている。


 「火に使う木は十分あるから、掃除しようか、彩。でも、ひっ婆っちゃんて、本当に凄いよ。あの歳で1人に成っても、こんな山奥の小屋の手入れまでしてるんだから、、、本当、ありがとう。」


 「そうよね、凄いと思う。ありがとう、ひっ婆っちゃん。」


 「俺は水の用意からするよ。」


 「じゃあ、私は、拭き掃除する。」



 俺は、土間にある飲み水用の大きな桶を丁寧に洗って新しい水をはり、外の丸太の椅子と机を洗い、他の桶や窓にはめる網戸を洗った。



 小屋の中から、彩の口ずさむ歌声。


 俺が選んだ女性。人を愛するとゆう言葉の意味はまだ良く分からないが、俺はこの人と何時でも、何時までも一緒にいたいと思う。色んな事を少し考えすぎる俺は、彼女の落ち込むのも立ち直るのも早い能天気な性分、彼女の何気ない言葉や素振りに何時も救われている。


 彼女の笑顔は、言葉無しに「優、もうちょっと肩の力抜いたら?」と語りかけてくる。



 じゃれてくるチョロを押しのけながら、歩きやすいように小屋の辺りの草を、カマを使って刈っていると、

「終わったよ。」と言って、ご機嫌な彼女が小屋から出てきた。


 「彩、ちょっとの間、チョロと遊んでてくれないかな?カマ使ってるから、危なくて。」と言って、抱きかかえたチョロを彼女に渡すと、


 「お父さんは、忙しそうやけん、あっちで遊びましょうね。」と言って、俺にウィンクをし、また歌いながら、子犬と戯れ始めた。



 時おり聞こえる林の中の鳥達の声と、彩の歌声に安らぎを感じながら、30分程、最低限の行動範囲の草を刈り、カマを軒下の道具置き場に戻す。ファイアーピットを丸太の机の側に作る為に、小屋の辺りの大きめな石を集め始めた。


 彩とチョロが俺の後から、コッソリと近付いて来て、

「あなた!終ったと?何か手伝う事あるっちゃ?」と脅かすかのように大声で叫んだが、


 「この前した様に、ファイアーピットで焚き火ができる様に石を集めてるんだ。ピットが出来たら、お湯を沸かして、お昼にしないか?」と平然とした声で答えたので、


 彼女は、がっかりした様に、

「ねぇ、驚かないと?」


 「ごめん、後にいるの、知ってたから、、、ねぇ、俺、彩がそうやって方言で話すの大好きだって知ってる?」


 「んん、でも優が好きなら、できるだけそうするっちゃ。」と言って、俺と1緒に石を探し集めて、直径1M位の丸い形の石のファイアーピットを作る。そして、前回2人でここに来た時、置いて帰ったキャンプ用のグリルをその中央に置いた。その後、洗濯物を干せるように軒下にビニール製の紐も張った。



 2人、井戸水で手を洗っている時、彼女は、何時ものニコニコ顔で、

「優、荷物ほどいちゃったけど、気にしないよね?付いて来て。」と言って俺を小屋の中に引っ張った。


 彼女が言う様に、バックパックの中の荷物は、既にあちらこちらの棚に収納整頓されている。


 土間の横には俺のスニーカーと、靴が嫌いな俺用のビーチサンダル。その横に彼女が昨日の昼まで履いていた白い靴とハイキングブ-ツ、もちろん彼女の為に用意しておいたサンダル。


 調理台の上には皿やお椀、鍋、フライパン等が既に洗って乾かしてあり、オイルランプもそこに置かれていた。その横の棚には、持ってきた食料と、ひっ婆っちゃんが常備している塩、醤油、お米、豆等が並べられている。


 俺はハイキングブーツと靴下を脱いで、居間に上がった。彼女もスニーカーを脱いで、俺に続き、自慢げに後で手を組みながら、ニヤニヤしながら、


「どげん?こげなんでよかとやろ?」と言うので、


 「文句の付け所がないよ。」と答える。


 居間の床には、ギターが横にして置かれ、寝袋が2つ。着替え等の衣類、ロウソクその他の生活必需品、彼女の絵を描く道具等がキチンと棚に並べられ、2人の大きなバックパックは壁の柱に掛けられていた。


 俺は、部屋にある大きな収納用の箱から、寝具、座布団等を取り出し、

「一応、これ、外に出して干そうか。」と言い、それらを持って、サンダルに履き替え、外に出た。


 「サンダル、ありがとう。」と言う彼女に、何も言わずに微笑んで返事を返し、シーツ、毛布は、洗濯紐に掛け、座布団と薄っぺらい布団は、日の良く当たる所に、水色のタープに敷いて干す。


 「寝袋、必要なかったね。」と残念そうに言う彼女に、


 「多分、必要な時が来るよ。火を点けて、お湯を沸かそう。彩、やり方、憶えてる?」と聞くと、


 「もちろんだっちゃ。」と自信有りげに答える。


 彼女は、乾いた小枝や草やらをファイアーピットのグリルの下にセットして、いとも簡単に火を点け、少し太めの木をそこに足した。火は勢いを増して燃え始める。


 チョロはその火に向って、

「ワン、ワン、、」と吼えているが、頭を撫でてやると落着いてシッポを振り始める。


 彩は、また後ろで手を組み、身体を少し左右に振って、

「先生が良いから、できるとよ。」またニコニコと自慢そうに言う。


 その火で沸かしたお湯で、お茶を淹れる。おにぎりを食べながら、ラジオを点けて、2人でひっ婆っちゃんから貰った手帳をめくった。ラジオからは、午前中聞いた、大学教授の声、録音放送だ。



 3時半を少し過ぎたころ、彩が手帳に記載されている事を確認しに、散歩に行こうと言いだしたので、またハイキングシューズを履き、小さい普通のサイズのバックパックに水筒とコンパスを入れて小屋を出た。



 まず小屋の周りをグルット周り、イモ類を確認。小屋の裏からの獣道をつたい、林の奥へと進む。確かにキノコ類やゼンマイ、ワラビ等の山菜があちらこちらに生えており、林の奥の奥の方に竹林も見える。チョロは歩くとゆうより飛び跳ねながら俺と彩に付いて来た。痛み止めに使えそうな麻なども生えている。


 俺は、“そうか、だから、ひっ婆っちゃんは、ここに来るんだな” と思いながら、麻の葉を指して、

「彩、これ何か知ってる?」と聴くと、


 彼女は真面目な顔で、

「葉っぱだっちゃ。」と答える。


 「だから、何の葉っぱでしょうか?」


 「何の葉っぱ?、、、葉っぱの葉っぱだっちゃ!わからんよ、何ね?」と少し怒ったように答える。


 「ひっ婆っちゃんの秘密だよ、行こう。」と言って、歩き出したが、彩は何かブツブツとつぶやきながら、メモを取っている。


 しばらく行くと、林は薄くなり、小さな沢にでた。俺と彩は、岩に座って、そこいらにいる蟹に吠えているチョロを眺めながら休憩を取った。


 彩は、不審そうな顔で俺の顔を覗き込み、

「あの葉っぱって、もしかして吸うの?」と聞くので、


 「そおゆう使い方もあるかもね。」と誤魔化すように答え、


 「彩、小屋に戻ろうか、チョロ行くぞ。」と言って、立ち上がった。


 「優、ちゃんと答えてよ、何の葉なの?」


 「そんなに、知りたい?」


 「知りたい!」と言う彼女に、俺は笑って誤魔化し、歩き続けた。



 小屋に戻り付いた時には、既に日の力は弱くなり、少し肌寒い感じがしたが、俺はくすぶっていた火に薪を足して、大きめの鍋にお湯を沸かし始めた。


 「いずれ、もっと簡単に出来る様にするけど、今日は身体拭くだけな。」

 

 「じゃあ、タオルと着替え用意するね。」



 ブーツを脱いで、サンダルに履き替え、彼女がタオルと着替えを用意している間、俺は、座布団と布団を取り込み、タープをしまい、彼女と2人で紐に掛けたシーツと毛布を取り込んだ。そのあと、井戸の横の大きめの桶に水を張り、そこに沸いたお湯をたしてぬるま湯を作る。そして、水浴びが出来るようにして、水をもう1つ沸かし始めた。


 「優、ここですると?身体拭くだけじゃないと?」


 「そう思ったけど、結構汗かいから、まだ暖かいし、水浴びしようと思って、彩も浴びるでしょう?」


 「ここで裸になると?」


 「そうだよ。」


 「誰かに見られたら恥ずかしいちゃ。」


 「ここには、俺と彩とチョロしかいないよ。それとも、俺に見られるのも恥ずかしい?」


 「少しだけ、、、」と口ごもりながら言う彼女には気にせず、俺は、服を脱いで、頭から水を浴びを始めた。


 「あぁ、気持ち良い。彩も、浴びるなら今だよ。日が落ちたら、寒くて出来ないよ。」と言われた彼女は、


 「もう、強引なんだから、、、」と言って、服を脱ぎ、俺から手桶をひったくり、水浴びを始めた。


 俺は、沸いたお湯を桶に足して温かくして、

「気持ち良いでしょう?」と言うと、


 「うん。」と子供のようにうなずく。


 俺は細くて華奢な彼女の身体を強く抱きしめた。


「優の身体、暖かい、、、こんな自然の中で2人きり、しかも裸で、アダムとイブみたい。」


「葉っぱなんか、付けてないよ、彩。」と笑いながら言い、タオルを手にして彼女の身体を拭き、着替えの服を着せた。俺が身体を拭いていると、


 「洗剤、無いけどいいよね。」と言って、彩は着ていた服を桶に入れて、洗濯を始める。


 「“奥さん” がもう板に付いてるね」とからかいながら、服を着て、彼女が洗った服を2人で軒下の洗濯紐に掛けた。



 太陽は、西に傾き、また綺麗な夕焼けを創り始め、東の空には月が顔を出し始めている。



 彩は、小屋からギターケースを持ってきて、

「はい、彼女でも弾いてて、食事の準備するから。でもちゃんと、憶えといてよ、私が正妻だって事。」と笑みを浮べながら言うので、


 「今日は、今晩はもう、ゆっくりしようよ。缶詰めとかチーズとかでいいよ。あと、おにぎりも食べちゃおう。そうだ、焼こうか?」


 「私がしたいから、優は、ギター弾いてて、じゃなくて、優のギターが聴きたいと。」と甘えたような声で言う。


 「じゃあ、食事の準備、お願いします。」と素直に答えて、ギターをチューニングして、てき等に弾き始めた。



溝鼠どぶねずみみたいに美しく成りたい

写真には写らない美しさが在るから、、、、、“


“栄光に向って走るあの列車に乗っていこう、、、、”


“終らない歌を歌おうクソッタレの世界の為、、、”



 「優、、、」と泣きながら歌う俺の肩に置いた彩の手に、


 「ごめん。」としか言えなかった俺。


 彩は、優しい声で、

「“心の中に溜めずに、すぐ吐き出した方が良いんだ” って言ったのは、あなたなんだから、ちゃんと、私にも話して欲しいちゃ。」と言う。


 「ありがとう。俺は、もっともっと優しくなって、強くなるんだ。もう古いバンドだけど、彼らの曲って、優しくて、強くて、元気がでるんだ、だから泣けちゃう。」と言って、煙草に火を点けた。


 「いつから、吸ってるの?」


 「初めて買ったんだ。とても不味いよ。」


 「じゃあ、どうして吸うの?」


「彩が、生ビール飲みたいって思ったのと同じかな。飲もうか?ブランデー」と言って、ギターを置いて立ち上がり、小屋からレミーとステンレスのカップを、彩は、机に干し肉、チーズ、サラミ、クラッカー、缶詰めの鯖等を用意した。


 チョロは鼻をクンクンさせながらシッポを振っている。彩は残ったおにぎり4つをグリルの端に置き、醤油を少しずつたらしていた。


 ブランデェーの封をポケットナイフで切り、ポッとゆう音をさせて栓をぬく。トットットッとゆう音をさせて、ブランデェーを2つのカップに注ぎ、1つを彩に渡した。


 彩は、そのカップに注がれたブランデーの香りを嗅ぎながら、

「何か、強そうな匂いがする。」と言うので、


 俺は自分のカップを彼女のに当て、

「今晩は、もう、ゆっくりしよう。時間を楽しもう。」と言うと、


 そのブランデーを口にした彩は、眼を閉じて、

「とても優しくて、暖かい、、、あなたと同じ。」とつぶやいた。


 彼女の横に座り、俺もそのブランデーを少しだけ、口の中でまわしてみた。柔らかいブドウの味が口の中に拡がる。優しくて暖かい味が身体に沁みこんでいく。彩は俺に、もたれかかり、俺は彼女の肩を抱く。2人して輝きだした星空を見上げた。月は昨日よりも、もっと大きく、赤々と光っている。



 俺は焼き上がった熱いおにぎりをグリルから外し、また焚き木を足した。しばらくすると、パチパチと音をさせながら、火はまた大きく成った。チョロが足元でシッポを大きく振って、舌を出しながら、おにぎりをねだっている。


 「まだ熱いから、冷めるまで待ちなさい。」と言い、干し肉を少し噛んで柔らかくしてから、それをチョロに食べさせると、


 「ずるいっちゃ、自分だけ、チョロを可愛がって、」と言い、彩も、俺と同じように、干し肉を噛んでチョロに与えた。


 俺はブランデーをまた口にして、

「彩、この間の大学の集まりで、60年代のサイケな映像を見たんだけど、1人芝居でさぁ、何か考えちゃったよ。」と言って、ポケットから手巻きの細い煙草を取り出し、


 「自然な物なんだけど、これで、感覚がと言うより、感性が少しずれるんだ。音とか視覚とか、思考とかも。それでさぁ、アルコールとも違うんだ。」


 それを聞いた彩は、不審そうな顔をして、

「それって、ヤバイんじゃないと?麻薬?」と聞くので、


 俺は、笑いながら

「違うよ、憶えてるかな、2つ上の部長?彼が育ててるんだよ。でも、やっぱりそうかな?どう、興味ある?吸ってみる?」と彩の眼を見ながら聞いてみると、彼女はまた不審そうな顔をしながらも、小さくうなずく。


 俺はその煙草に火を点けて、ゆっくりと吸いこみ、しばらく胸に溜めてから、ゆっくりと煙を吐き出し、彩にその煙草を渡した。彼女はまだ不審そうな顔をしていたが、俺に続いて、その煙草を吸ってみた。


 俺は、

「少しだけね。」と言って、もう1度だけそれを吸い、丁寧にその火を消す。


 口の中に綿を銜えるような感じがする。チーズを2つ切って、その1つを彩の口に入れ、自分もそれを口にした。


 彩はその眼を大きく開いて、微笑みながら、

「美味しいね、このチーズ。」と言って、もたれ掛かりながら、その頭を俺の肩に乗せて、


 「火がパチパチ言ってるっちゃ。」とつぶやいた。



 ファイアーピットの火が彼女を暖かいオレンジ色に照らしだし、時々 “パチ、パチ、” と音を立てている。虫たちの “シン、シン、シン、” と言う声が聞こえる。風が軽く吹いて、木立が “サラ、サラ、” と歌っている。空の星たちが、必要以上に “キラキラ” と輝き、大きな月が紅紅と光っている。



 「2人だけだっちゃね、、、自然の音って本当に大きい。ねぇ、優、キスして。」と嬉しそうに、またつぶやいた。


 俺は座り直し、彼女の方を向いて、その唇にソッとキスをして、額と額を合わせる。


 「優、、、ありがとう。」


 「違うよ、彩。ありがとうは、俺の言葉だよ。」と言って、彼女の細い身体を力いっぱい、優しく抱きしめた。


「私、優に何もして上げてないよ。ひぃ婆っちゃんが言ったように、私何も知らないし、身体も弱いよ。それでも、よかと?」


 だから、俺は出来るだけの優しい声で、

「そんなの、全然気にしないよ。彩がいいんだ、俺は君と生きたいんだ。どんな世界でも、生きるのは難しいと思う。でもね、彩とだったら、俺は、俺自身は大丈夫。君の笑った顔や、ちょっとした言葉が力をくれるからね。だから、彩も大丈夫。今のままでいいんだよ。」


 俺の身体に廻した彩の腕に力が入る。俺は彼女が折れてしまわないように、優しく抱きしめ続けた。どの位抱きしめ合っていただろう。チョロのシッポが足に当たる。


 俺と彩は、殆んど同時に

「チョロ、邪魔するなよ。」、「チョロ、邪魔しないでよ。」

と言ったが、


 チョロはそんな事は気にもせず、

「クーン、クーン、ワン、ワン」とかまって欲しそうに、甘えた声で吠えている。


 彩は、俺から身体を離し、チョロを見て笑いながら、

「もう、チョロ、せっかく良い所だったとに、」と言って、冷めた焼きおにぎりを、皿に小さくホグシテ、地面に置いた。チョロはそれを数秒で飲み込む様に食べ、満足そうに口の周りをペロペロとなめたあと、焚き木の横に寝そべった。


 俺は、その光景を見て、ホッとした気分に成り、

「2人きりじゃないのは、奥さんのせいだからね、ちゃんと責任取って、面倒見てよ。」と言うと、


 彩は俺の方を見て、ニヤっと笑い、

「優もね、昨日も一昨日も、安全日じゃなかったんだから、もし妊娠してたら、ちゃんと、責任取ってよ。」と言い返す。


 俺は、あぁ、完璧に彼女のペースだなと思いながらも、

「ああ、もちろん、、、面倒見てもらうよ。」と答えると、


 彩は子悪魔的にニンマリ笑い、

「そんな事言うなら、今晩、寝かさないからね。ちゃんと先輩の言う事、聞きなさいよ。」


 「少し酔ってる?」と聞くと、


 彩は眼をトロンとさせ、飛び切り大きな笑顔で、

「うん、あなたに酔ってるの。優、ここでね、星空の下で、、、」


 「ロマンチックにHだね。 じゃあ、寝転べる様にしないと、でも、寒くなるよ。」


 「Hってなによ、優の影響なんだからね。」と言って、俺の首元を少し、強く吸う様にして噛む。


 「俺の影響?俺はロマンチストで、彩がHストでしょう、、、はい、はい、先輩、もう吸血お姫様はやめて、布団運ぶから、ちゃんと手伝ってね。」と笑って言い、立ち上がったが、彩はまだ俺の首にブラ下がっていて、


 「貴方の血が香るわ。その血が欲しいの、最後の1滴まで、、ちゃんと、ちょうだいね。私からはもう、離れられないわ。覚悟しなさい。」とたまにする “吸血お姫様ごっこ” を続けている。


俺は彼女を抱き上げて、小屋まで歩き、2人で、昼間、布団を干した時の様に、タープの上に布団を敷いて、寝袋のジッパーを開いた。トレーが無いので、用意された、食べ物や飲み物は桶の中に置く。はしゃいでいたチョロは、今日の長い道のりに疲れてしまったのか、焚き木の横で既に寝てしまっている。



 彩は、嬉しそうにその寝袋の上に横に成り、夜空を見上げながら、

「Hストってなによ?あなただって好きなくせに、、」と小さな声で言い、いきなり俺の腕を掴んで、強引に引き寄せるので、


 俺は、彼女の横に寝転び、自分の胸の上に彼女を招いて、髪を撫でる。


 「好きだよ、君と一緒にこうしてるのが。何時までも、、、全然飽きないよ。」と言うと、


 彼女は、スーッと大きく息を吸い込んで、

「優の匂い、とても落着くの。あなたが側にいるんだなって、ホットする。私が入院してた時も、時々こうやって、確認してたの、知ってた?」


 「もちろん知ってたよ。彩は、匂いフェチだからね。中学の時からしてたよ、その変な癖。例えば、いきなり後からクンクンして “シャンプー替えたでしょう” とか、“昨日、お風呂入ってないでしょう” とかさぁ。少し変だよ、やっぱり、Hストだよね。」


 「だって、優、良い匂いなんだもん。ねぇ、この5年間、色んな事があったよね、、、初めて2人で、ここに来たすぐ後だったかな。優、1週間、停学させられたでしょう。あれ、ひどかったよね。何も悪い事してないのに、ただ、後輩、助けただけなのにね。あの時、思ったの。先生って、大人の人って、体裁しか考えないんだなって。」


 「あいつ等、確かに喝上げしてたけど、それ以前に俺に嫉妬してたんだよ。彩が俺を受け容れちゃったから。でもやっぱり殴ったのは良くなかったと思う。歯、折っちゃたしね。」


 「確かに、怪我させちゃったのは、良くないけど、自己防衛だもん、仕方ないよ。殴り掛かって来たの、彼らだし、、、」


 「彩、方言はどうしたの?」


 「えっ、ゴメン、優の言葉に釣られてるから、元に戻っちゃった。」


 「気にしなくても、良いよ。」


 「高2の時の文化祭の映画も問題起こしたよね。あの時も1週間の停学処分。そしたら優、逆に先生達に噛み付いちゃって、“先生、性を、エロスを否定したら、人間は、生物は存在しないんですよ。” って、“それをワイセツだとかヒワイだとか言うなら、先生、あなた達は、ワイセツでヒワイなんですか?” って。もう、部長も皆もマッサオ。」


 「彩がいなかったら、あの映像は撮れなかったよ。」


 「私、お母さんから言われたのよ、“優君、良い子だけど、本当に大丈夫?” って。まさか、あの映像、私だなんて言えなかったわ。」


 「何か、遠い昔の様な話しだね、彩。ねぇ、あいつ等、どうしてるかな?ちゃんとやってるかな?」と言って、あの葉巻の煙草にもう1度、火を点ける。


 彩もそれを吸って、ゴホッ、ゴホッと咳き込みながら、

「これって、やっぱり、あれでしょう!ひっ婆っちゃんの秘密て何?」と聞くので、


 俺はゆっくり煙を吹き出してから、

「さあ、2,3日したら、山を降りて、ひっ婆っちゃんの所に行こう。その時、自分で聞いたらいいよ。」と答えて、ブランデェーを1口飲み、そのカップを彩に渡す。


 彼女はそれを1口飲んで、

「首にキスしてもいい?」と聞くので、


 「彩、本当に変な趣味だよね。」と言う返事も聞かずに、彩は俺の首にキスをする。


 「もう、誰にも隠す必要ないもん、私達の関係。」と言い、俺に覆い被さる様に強引なキスで愛撫する。


 「彩、誰も止めないし、時間もたっぷりあるか、、、」と言う俺の口をしばらくの間、その口で塞ぎ、


 彩は、うっとリとした、優しい眼で微笑んで、

「優、子供、作ろう。」と言い、上体を起こして、俺の上着のボタンを1つずつ、ゆっくりと外す。


 そして、自分のボタンもゆっくりと外しながら、

「ひつこい様だけど、、、ちゃんと見て、私の身体。こんなに細いよ、胸も小さいよ。全然セクシーじゃないよ、、、いいのね?」と言う彼女の手を、俺は、自分の心臓の上にのせて、


 「ほら、こんなにも心臓がドキドキと、ときめいて、喜んでるでしょう。もう2度と聞かないで、そんな事。俺は彩がいいんだ。」と真面目な顔で答える。


 すると、彼女はいきなり笑い始めて、

「ゴメン、優。よく分からないけど、何だかとても可笑しい。」と言う。


 「もしかして、彩さぁ、“ウン、ウン、” って、うねった音してる?ねぇ、あの焚き火見てみて、炎とても大きい?」と聞いたが、彩に釣られて、つい吹き出してしまった。


 彩も、ニコニコしながら、

「うーん、うねった音してるよ。炎も、とてもお大きぃっちゃよ。」と無邪気に答えて、また笑い始める。


 俺は、そんな彼女を引き寄せて、

「彩、飛んでるよ。楽しい?」と笑いの止まらない彼女を見詰めながら言うと、


 「うん、何か変?とても可笑しくて、楽しいの。」とまた、笑いながら、答える。


 俺は開いた寝袋を2人の上に掛けて、

「彩、子作り、ちょっと、タイムね。」と言って、腹ばいになり、桶の中のダークチョコレートの包みを開け、その1つを彼女の口に入れた。


 彩はニンマリと笑って、

「美味しい!」と言う。


 俺も、そのチョコを1つ口にする。濃くのあるドイツ産のほろ苦いダークチョコの味が、口の中いっぱいに拡がる。”パチパチ、シンシン、サラサラ” とゆう音。2人の “ドキドキ” とゆう心臓の音。たまに彩が ”チュッ“ とキスをする音。


 様々な音がとても大きく、俺と彩を包んでいる。


 「これってさぁ、あの煙草のせいなんだ。音がうねりの中で大きく成って、視覚が、特に、光とかに敏感になる。それで、何となく食欲が湧いてきて、食べるものがとても美味しく感じる。あと、今の彩みたいに、理由も無しに、可笑しくなって、笑っちゃう。」と言って、向きを変え、夜空を見上げた。


 何千とゆう星たちが、キラキラと輝いて、語りかけてくる。


 彩も、身体をすり寄せるようにして向きをかえ、俺の腕を取って、自分の頭の下に置き、その手を彼女の胸の上に置く。


 彼女の鼓動が手から伝わって、身体中で感じる。


 「こんなにも、沢山の星が、キラキラと歌ってるよ。草の緑がさわやかに香ってるよ。これも、その煙草の影響なの?」


 「多分そう。あのさぁ、今見ている、この星の輝きってさぁ、とても綺麗でしょう。でも、この星って、今この時点では、もう無いかも知れないよね。それ位遠くから、何光年も離れた所から、光ってる。」


「理科、科学の話?」


 「違うよ、感性の話さぁ。俺の場合は特に音なんだけど、、、あの煙草を吸うと、何て言うのかな?五感が研ぎ澄まされて、鋭くなる感じ。頭の中で考えた事や、心で感じた事が、どんどん大きく成って行く。


 愛してるとか、愛おしいとか、言葉だけじゃ伝え切れないこの感情。彩、今、こうやって、君の肩を抱いてて、君が俺の横にいてくれて、とても嬉しいよ。」


 彩の肩がヒクヒクと震えている。彼女は、嬉しそうに涙している。俺は、彩を強く抱きしめると、折れてしまいそうな細い身体を優しく覆い、その濡れたまぶたに軽くキス。


 彩は、その両腕を首に回し、涙しながらも、大きく微笑んで、

「嬉しぃっちゃ。優、愛してる。」とつぶやき、俺を強く引き寄せた。


 

 ゆっくりと、愛しあった。パチパチと音をさせながら燃えている焚き木の炎が、彼女の白い肌をオレンジ色に照らし出す。彩は、嬉しそうに微笑み、その大きな眼を開いて、俺を見ている。彼女にはどの様に見えているのだろう?ゆっくりと、お互いの肌の温もりを感じ合う。俺達は、微笑みあいながら、愛しあっている。


 彩の吐息も、俺の吐息も少しずつ、大きく成って行く。彼女の腕に力が入り、俺を強く抱きしめて、優しく深く溜息をつく。彼女の身体が震えている。俺の体も震えている。力を抜いて、彼女に身体をあずけた。


 「もう少し、中にいてて。」と耳もとでささやく彩の頬にキスをすると、彼女は俺の髪を優しく撫でる。


 

 焚き火は、既に小さく成っていたが、まだパチ、パチ、と時折、音を立てている。


 俺の胸の上にのせた、彩の頭の髪を撫でる。ついこの前まであったあの長い髪は、もうそこには無いが、彼女のその優しく微笑んだ笑顔は何時もの様にそこにある。


 彼女は、あまり生えてない俺の胸の毛を指先でいじりながら、

「何かが違うの。身体も喜んでいるけど、心がもっとはしゃいでる感じ。赤ちゃん、出来たらいいなぁ、、、優、男の子と女の子、どっちが欲しい?優の心臓、まだドキドキしてる。」


 俺は、まだ彼女の髪をなでている。

「そうだね、、、彩には悪いけど、両方かな。だから、頑張ってね。ところで、お腹すいた?」


 「うんん、全然。でも何か暖かくて甘い物、飲みたいな。」と少し甘えた声。


 「ちょっと、待ってて、いい子にしてなよ。」と俺は言って、ズボンだけを履き、ファイアーピットの焚き火に木を足し、ポットに水を入れて、グリルに置いた。


 小屋からココアと紅茶を持って、外に出ると、彩は俺のフランネルのシャツをボタンも掛けずに着ていて、

「ちょっと、おしっこ。」と恥ずかしそうに言うと、木陰の方に歩いて行った。


 俺は、洗った彩のカップに粉のココアをいれ、自分のカップには、ブランデーを少しだけ注ぎ、紅茶の用意をして、お湯が沸くのを待っていた。


 戻って、井戸で手を洗っている彼女に、

「ゴメン、彩。トイレの事、思い切り忘れてた。日が上がったら、直に穴を掘るよ。でもその事もちゃんと考えないと、ここで生活するんだから。」と言うと、彼女は俺の膝の上に座り、


 「気にしてないよ、前もこうしてたじゃない。」


 「とりあえず穴を掘るけど、何とかしないとね。ところでさぁ、彩、、、パンツはいたら?」


 「これ飲んだら、またするの。“今晩、寝かさないからね” って言ったでしょう。朝までずっとするの。」と言って微笑んでいる。


 「やっぱり、Hストだね。吸血お姫さま。」


 「もぅ、、、Hストでもいいけど。でもねぇ、さっきも言った様に、何か違うのよ。前はね、妊娠しない様にって注意してたでしょう、、、でも、今は、子供が出来る様にって。同じ行為なのにね。」



 そう、俺と彩は、この行為を、この愛の営みを何度も繰り返してきた。確かに彩が言う様に、何かが違う感じがする。子供を創る、命を創る責任か。愛するとゆう事は、共に生きるとゆう事で、共に生きるとゆう事は、命を育むとゆう事なんだなぁ。愛は生で、性は命なんだ、と思った。 でも、いっ緒に居なければ、子供を創らなければ、それを愛とは言えないのだろうか?


 そんな愛も在るんじゃないかな、、、よく判らない。


 俺は立ち上がり、沸いたお湯をカップに注いだ。ココアの甘くて香ばしい香りと、紅茶とブランデーのスパイシーで穏やかなブドウの香りがそこいら中に漂う。


 彩が、どっちを取るか迷っているので、

「両方、飲んでいいよ。」と言うと、


 嬉しそうに、

「半分ずつ、分け合って飲もう。」と答える。



 ココアを口にしている彩に、

「ねぇ、合った事の無い2人がさぁ、お互い心を引き合ってるとして、それで、1度も合う事がなくても、それって、愛って呼べるのかな?」と聞いてみたら、


 彼女は、少し考えて、

「それも、愛し合ってるんじゃないの、プラトニックな愛。」と答える。


 「じゃあ、もし、もしもだよ、俺と彩に子供が出来なかったら、どうする?彩は、俺を愛し続けられる?俺は多分、大丈夫だと思うけど。」


 彼女は、俺の手から紅茶の入ったカップを取り、

「私も、大丈夫だと思うけど、、、でも、やっぱり、優の赤ちゃん、産みたいな。」と言って、紅茶を口にして、


「大人の味がする。」とつぶやいた。



 チョロは何度か片目を少しだけ開き、こちらをチラッと見たが、まだ寝続けている。


 「チョロは、まだ赤ちゃんなんだね、、、もし、だめだったら、チョロをちゃんと育てるわ。」と彩は言って、俺にもたれ掛かる。


 「大丈夫、きっとできるよ。この小さい胸だって、子供が出来たら大きく成るよ。」と言い、彼女の胸を手で覆うと、


 彩は、少しスネタように、

「小さくて、悪かったわね!」と言うので、


 俺は、指を少し動かして、

「ちょうどいい大きさだよ、彩の感じる所も簡単に見付かるし。」と答えて、彼女を抱きしめ、そっと頭にキスをする。



 その夜、俺と彩は、夜明けまで、何度も愛し合った。空が白く成り始め、所々に雲の陰が見える。雲と雲の隙間が、浅い朱色に輝きだし、それが黄金色に替わり、太陽が顔を出し始める。もう、西の空は透き通った薄い青。顔を出し始めた太陽は、始めはゆっくりと、でも、一瞬にして空高く昇って行った。



 チョロが「アゥン」とあくびをして起き上がり、寝転がって抱き合っている、俺と彩の顔をなめる。


 「起きようか、彩」


 「そうちゃね」


 裸で立ち上がった、俺と彩の足元を、チョロは、嬉しそうに走り回っている。しばらくの間、そうやって、大きく成った太陽を2人で見ていた。


 「ほら、やっぱりアダムとイブみたいでしょう。」


 「言ったでしょう、葉っぱなんて、付けてないよ。それに、俺は創世記なんか信じないよ。」


 「もぅ、頭硬いんだから、優は。」


 「お腹すいた。何か食べよう、彩」と言って、俺はズボンを履き、 彩も下着を付け、ズボンを履き、そしていかにも自分の物の様に、俺のシャツを羽織り、何も言わない俺に、


「だって、優の匂いがするんだもの。」とはにかむ様に言う。



 俺は消えてしまった、ファイアーピットに火を熾し、お湯を沸かして、フライパンを暖め始めた。彩は、寝袋とシーツをロープに掛けて乾かし、布団はそのまま、日に当てて乾かした。


 結局、食べなかったおにぎりをほぐして、チョロに与えた彩は、食べ物の入った桶を机に運び、残念そうに、

「チーズ、乾いちゃったね。」と言うので、


 「大丈夫、食べれるよ。」と答えて、大きく2つに切り、先をナイフで尖らせた小枝に刺す。そして、熱の入ったフライパンに油を引いて、卵を4つ落とし、醤油を少したらした。。


 小屋から乾パンと皿を持って来た彩はその、ジュウと音を立てているフライパンを覗きながら、

「醤油の焼ける匂い、美味しそう。」と言い、カップを洗って紅茶の用意。


 俺はラジオを付けて、チャンネルを探してみたが、雑音にまみれて、“ピー” とゆう音だけが聞こえてくる。アンテナを伸ばし、位置を変えてみると、少しは、ましに成った。


ラジオは、“暫らくお待ちください、緊急放送です。暫らくお待ちください。” と繰り返している。


 彩は、沸いたお湯をカップに注ぎながら、

「なんだって?」と聞いて来たが、


 「まだわからない。」とだけ答え、フライパンを火から外し、小枝に刺したチーズを火で温め始めた。


 彩は子供の様に大きな眼でニコニコしながら、

「これ、知ってる。昔のアニメで見た事ある。ハイジのお爺さんが、そうやって、チーズを温めるの。それが何となくトロけて、美味しそうだった。優たら、とても真剣な顔してる。」

 

 「焦がしたくないし、トロけて落としたくないから。」とだけ答える。


 そして、その熱くトロけたチーズを皿に置き、

「食べよう、彩。」と言う。


 彩は、熱そうにしながらその大きなチーズを食べようとしているので、、

「これからは、ナイフは肌身離さずでね。」と言ってポケットナイフの刃先を拭いて、そのチーズを小分けにして、乾パンの上に幾つか置いた。


 すると、彩は素直に、

「そうする、食事終ってから。」と答え、


「放送、始まらないね。」と言った。



 食事も終わり、彩が皿やカップ等を洗い、出していた食べ物を小屋にしまって戻って来て、俺にナイフを見せて、自分のズボンの後ポケットにしまう。


「今日も、いいお天気ね。」と嬉しそうに言って、俺にシャツを返し、横に座る。


 彼女は上着を新しいのに着替え、白い帽子をかぶっている。


 「ブラは、付けてないよ。」と言うので、


 「セクシーだね。触ってみても、いいかな?」と聞くと、


 「ほら、優も、Hストじゃない。」と笑いながらの返事。



 時間がゆっくりと過ぎていく。日差しが少し強く成ってきている。


 彩は胸のポケットからサングラスを取り出し、それを俺に渡して、

「どういたしまして。」とまた微笑みながら言う。



 俺は、初めて彩に会った時から、彼女のその微笑ましい笑顔に、ノックダウンされっぱなしだ。本当に愛おしい。

 


 「そろそろ、穴でも掘ろうかな。」

と言った時、ラジオが喋りだした。


 モノトーンの男の声が、

「緊急ニュースをお伝えします。只今、夜間の外出禁止令が発令されました。午後5時から、午前9時まで、外出は禁止です。」


 その言葉が何度もリピートされる。また、録音だ。


 彩は心配そうな顔で携帯電話を見ている。もちろん、通話圏外だ。


 「大丈夫かな、お父さんとお母さん達、それに皆?」


 「どうしょうもないな。」と言って、俺は立ち上がり、土堀り用のシャベルを手にして、小屋から少し程離れた所に深さ50CM程の穴を掘り、


 「彩、竹、切りに行こう。」と言った。

 

 心配そうな顔をしている彩に、

「今は、何もできないし、どうしようも無い。やれる事を1つずつやろう。」と言って、ブーツを履き、自分のナイフを腰に挿して、新しいナイフを彩の腰に挿す。


 「これも、新しいルール。小屋を出る時は、このナイフを必ず持つ事。それと、これは24時間、付けている事。」と言って、昨日購入したネックレス型の小さなナイフを彩の首に掛ける。



 小屋の裏の林を横切り、竹林で10M位の細めの竹を2本切り、枝は切り落して、小屋に戻る。その間、殆んど何も喋らなかった。はしゃいでいるのはチョロだけだ。



 「予備のシーツ有るよね?持って来て。」と彩に言うと、


 「いいけど、何に使うの?」


 「トイレだよ。」


 「さっき、穴掘ったじゃない。」


 「いいから、持ってきて!」と言い、1本の竹を1M半位の長さに本切り、片方の端を斜めに切り込む。そして、その4本の竹を、さっき掘った穴の周りに深く突き刺し、柱を作った。


 それを見た彩は、

「分かった、ありがとう、優。」と言って、持って来たシーツをその竹の柱に結び付けて、幕を作った。


 「悪いけど、紙はもったいないから、冷たいかも知れないけど、水を使って、インドみたいに。その都度、桶に水入れて。まだ考えが出来上がってないから、それまでは、これ使って。」と言うと、


 彩はまた、

「ありがとう。」と言う。



 小屋に戻り、椅子に座って、残った竹をナイフで尖らしていた。ラジオはまだ同じ録音放送を流している。ナイフを持つ手に力が入る。自分がイラついているのが良く分かる。


 手持ち無沙汰そうにしている彩が、不思議そうな顔をして、

「優、何に使うの、その竹は?」と聞くので、


 「念のための竹ヤリ。彩も造る?」と聞くと、うなずくので、もう1本の竹を3つに切り、その1つを彼女に渡す。


 彩は俺の向えの椅子に座り、真剣な顔付きで、その竹を新しいナイフで尖らせている。


 「彩、そのナイフ、良く切れるからね。ちゃんと気を付けてやってね。」と声を掛けたが、返事が無い。



 俺が、3本目の竹を尖らしている時、フッと気が付いた。


 ラジオが付いてない。消えている。変だなと思い、そのラジオを触ってみたが、LCDも消えている。電池は新しいから、こんなに早く切れるはずが無いのに。


 俺は真剣な顔で竹を削っている彩に、

「彩、彩ちゃん、、、」とおどけて声を掛けてみたが、また返事が無い。


 「ちょっと、先輩! ナイフ置いて、こっち向いて。」と大きな声で言うと、


 「何っちゃ?やっと、コツが解ってきたとに。」との返事。彼女も少しイラついている。


 俺は真面目な声で、

「彩、携帯持ってる?もし、持ってたら、電源、入れてみてくれる?」と頼む。


 「いいけど、どうして?ここ圏外だから、通じないよ。」と言って携帯の電源を入れた。


 「おかしいなぁ、点かないよ。」


 俺は立ち上がって、小屋の上に膝を付いて上がり、自分の携帯の電源をいれた。


 点かない。


 ギターケースを開き、ギターのチューナーのボタンを押した。


 やっぱり、点かない。


 小屋の土間から彩が、

「どうしたの、優?何してるの?」と心配そうに声を掛ける。


 俺は、土間に下り、彩の肩を抱いて外に出て、少し拡がった所まで歩く。眼の前に拡った山や森が、あまりにも不自然に、美しい。まるで、自分が場違いな所にいるようだ。


 そして、彼女の肩に両手を置いて、

「彩、今、止まったよ。」と作り笑顔で言うと、


彼女の顔が、少し強張り 

「えっ、どうゆう事?」と聞く。


 「そうゆう事だよ、もう始まっているんだ、”この世の終わり” が。電気はもう使えない。この文明は1からやり直しなんだ。」

 


 彩の体が小刻みに震えている。俺はその彼女の身体をしっかりと抱きしめると、彼女も腕を俺にまわす。


 「何が起こっても、俺と彩は、大丈夫。学ぶ事も、やる事もいっぱいあるけど、できる事、やらなきゃいけない事を、1つ1つ確実にやるだけ。彩は笑顔で生きて欲しい。君の笑顔が俺に力をくれるんだよ。いっしょう懸命、2人で生きよう。」


 彩は俺の身体を強く抱きしめ返して、

「はい、私は、大丈夫です。だって、、、あなたがいるから。だから、私は優のために笑い続けるの。」



 さわやかな風が、木立に語りかけて、木々がサラサラとそれに返事をする。鳥たちが愛の語らいをしている。大きな太陽は、俺と彩を暖かい光で照らしている。

 

 彩は、いつもの様に、大きな笑顔で俺に微笑み、

「優、キスして。ちゃんと私を抱いていて。きっと、私たちは、大丈夫。」

と歌うように言う。



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優と彩 みずのことは @Punk-Jack

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