第4話  見えない小道


 ビィ、ビィ、ビィとゆう音と、

「これはテストではありません。」と言う男の声が、交互に約3分位続き、


 突然、感情のない男の声が、

「間もなく、天皇陛下からの大切なお言葉が放送されます。日本国、国民の皆様、直ちにテレビ、ラジオ等の前にお集まりください。」と言う。


 俺は

「マジか、、、天ちゃんかよ、、、決まりだな、彩。」と言ったが、彩は無言のまま、俺の腕を強くつかんでいる。


 さっきの男の言葉がまた繰り返し流れる。


 俺は、

「彩、あそこの山の入り口まで歩こう。」と言い、500M位先にある岩まで、バックパックを手で持って歩き、大きな岩にそれを立てかける様にして置き、自分達もその横の小さめの岩に腰を下ろした。



 例の子犬はまだ無邪気にシッポを振りながら走りまわっているが、彩は少し震えながら、まだ俺の腕を強くをつかんでいる。


 俺は、彼女の手をポンポンと叩き、

「俺の “憧れの先輩” はこんな事じゃ怖がらない、強い人なんだ。憶えてるよね、彩先輩。」と言っていると、ラジオから、君が代が流れ始めた。


「さぁ、天ちゃんのご登場だよ、先輩。」とおどけて言うと、


 彼女は、少し怒った様に、

「わったから、もう “先輩” はやめて。」と声を震わせて言うので、俺は彼女を抱き寄せて、キスをした。


 彼女はキスで俺に答え、額を俺のに合わせて、

「あなたは昔から、本当に強引なんだから。」と言うので、


 「昨夜の事は夢だったんだろうか?確かに、強引な先輩に、抱かれた様な気がしたんだけど、、、」と彼女の眼を見詰めながら言い、


 「彩、心配しても仕方がない。怖がらずに、ちゃんと俺たちの生きる道をしっかりと選んで進もうよ。」と言った。



 ラジオから今度は、本当に感情の無い声で、

「日本国、国民の皆様、お早う御座います。本日は大変残念なお知らせをしなければなりません。太陽からの異常な影響で、地球上の全ての電気で制御している機械が作動しなくなるかもしれないとの調査報告が先ほど提出されました。詳しい説明は森田博士から説明が御座いますが、、、今から30時間ほどで、その影響が始まるとのことです。 

 

 国民の皆様、あなた方はこの国の一員として、1人1人の力を合わせ、この災難に立ち向かって下さい。皆様の安全と幸運をお祈ります。」と日本の象徴は言う。



 俺はバックパックを背負い、

「人事みたいに言ってやがる。小屋に急ごう。」と下げ捨てる様に言うと、


 彼女は、当惑したように、

「優、良く理解できないんだけど、、、」と震えた声。

 

 俺は彼女にバッパックを背負わせながら、

「俺も、今一把握できてないけど、、、歩きながら話そう。」と言い、彼女の手を引いて、ゆっくりと歩き出した。


 俺はラジオの音を少し落とし、

「これは多分最悪の事態だと思う。下手したらこの世界は地獄になる。」


 彼女は、パニックを起こしたように、

「どおゆう事なの?お願いだからちゃんと説明して!」と立ち止まる。


 俺は携帯を見て、通話圏外ではあるが、ちゃんと作動しているのを確認して、

「まず始めに、、エレクトロマグネティクパルスの影響で全ての電子制御の物が使えなくなるんじゃないかな。


 例えば、携帯、パソコン、テレビ、冷蔵庫等の実生活に使われている電化製品。それに、車、飛行機、船、電車もコンピューター制御だから交通システムも使えない。水もガスもたぶん駄目だろう。もちろん、ATMも銀行も機能しないから、今の経済活動もアウト。公的機関、病院、消防所、警察、自衛隊も同じ。でも、奴らは武器を持ってるから、警察や自衛隊は最悪かも、、、


 人口が集中している大都市は、人々がその日を生き残る為に、食料や物取り、強盗、殺し合いも始まるかもしれない。


 俺達がこの事を知らされたのは5日前だから、ちゃんと対処してると願いたいけど、、、たぶん、しなかった。とゆうより、できなかった。」と言うと、


 彩は、血の気の引いたような顔をしながら、

「なにを、、、だから何をよ?」と震える声で叫んだ。


 「だから、、、発電所さ。水力発電所も火力発電所も駄目だよな、もちろん。

それと、もし原発を止める作業を始めてなければ、もう手遅なんじゃないか?


 昨日も今日も、何時もと同じように、電力は供給されていた。とゆう事は、どの発電所も止まらなかった、、、と言うより、止めなかった。だからたぶん、全ての原発が爆発して、メルトダウンを起こす、、、かもしれない。

 

 地球レベルの核汚染。だから、“世界の終わり” なんだな、、、”


 世界中の要人、政治家、金持ちは、今頃、既に安全な場所に避難したんじゃないのか?

 

奴らは、俺達皆を置き去りにした。見殺しにしたんだ。」と言った。


 彩は、途方に暮れたように、

「どうしよう?ねぇ、優、どうしたら良い?」と涙声で聞くので、


 俺は、彼女を強く抱きしめて、

「残念ながら俺達には、、、何もできない。」と答え、泣いている彩を支えながら、


 「でも、俺たちは予定どおり行く。生き抜こう!いいね?」と言い、うなずくだけの彼女の手を引くようにして、山道を進む。



 ラジオでは、大学教授が、エレクトロマグネティクパルスがどうのこうのと、俺が彩に説明した様な事を、難しい言葉を並べて話し続けている。



 俺には、絶望とゆうより、怒りに近い感情を抑えるのがやっとだった。



 気落ちして、元気の無い彩とは、殆ど何も話さず、1時間ほど歩き続けたが、彼女の足取りが重く成り始めたので、小休止をとる事にした。


 「ちょっと、休もうか。」と言い、彼女の背中からバックパックを下ろし、日陰にある岩に座らせる。


 水のボトルを彼女に渡して、自分も彼女の横に座り、チョロチョロと周りを走り回っている子犬を見ながら、水を口に含み、ゆっくりと口の中で水を回してから、吐き出した後、少しだけ飲んだ。


 子犬は俺が吐き出した水をぺロリペロリとなめている。


 水を飲もうとしない彩に、水を飲ませ、

「そのチョロ犬にも、水あげないとね、飲ませないと、衰弱するよ。」と言って、彼女の手に水を少しだけ注ぐ。


 彼女は、小さな声で、

「ほら、チョロ、お水だよ、おいで、、、」と言い、しゃがんで手を前に出すと、その子犬は、彼女の手をペロペロとなめながら水を飲む。彼女の手にもう少し水を足すと、それもすぐになめて飲んでしまった。


 「喉、渇いてたのね、チョロ犬。もうすぐだからね、小屋まで。」と、寂しそうに言い、


 「ねぇ、あなた、おにぎり食べようか?」と言った。


 結局、小休止のつもりが、30分位の休憩に成ってしまった。その間、彩はおにぎりを1個、俺はおにぎりを1個半食べ、残りの半分を子犬に与えた。


 その後、彩は子犬を撫でたりしながら戯れ、俺は、曾祖母の手帳をめくりながら、


 「彩、凄いよ。ちゃんとやれば、この小屋で生活できるかも、、、この手帳によれば、さつま芋、じゃが芋、里芋等が植えてあるし、食べられる山菜や野草、キノコもあるみたいだ。獲ったことないけど、キジ、ウサギ、猪、鹿もいるみたいだよ。肉の保存方法とか勉強しとけばよかったな。この手帳、ちゃんと読んで、食料確保の計画立てないとな。」と言い、この手帳をジップロックに入れて、バックパックにしまう。


 「彩、そろそろ行けるかな?」と聞くと、


 さっきよりは元気そうに、

「はい、あなた。」と返事。



 しばらくの間、歩きながら彼女の様子を観察していた。子犬と戯れながら歩く彼女の顔に、少しずつ笑顔が戻って来るのがわかる。


 「そのチョロチョロに名前付けてやらないと、、、でも、こいつ、大きくなるよ。」と言ったら、


 彼女は、子犬に笑いながら、

「私ね、小さい時から、ずっと、犬、欲しかったの。でも、お父さんが、犬猫のアレルギーで、、、この犬、本当、人懐っこいね。」と言う。


 「ねぇ、奥さん、この犬の名前、どうするの?」と聞くと、


 彼女は俺の顔を見て、

「私は、“チョロ” でいいよ。ねぇ、チョロ!」と言い、


 その子犬は、

「ワン、」と俺と彩の顔を見ながら吼えた。



 しばらくして、

「ごめん、優、さっきは、気落ちしちゃった。でももう、大丈夫だから。」と言うので、


 「泣く彩を見るのには慣れてるから、、、何時でも、泣いてくれよ。心の中に溜めずに、、、すぐ、吐き出した方が良いよ。」


 「今度はすぐにそうする、、、小屋まで、どの位かな?」


 「1時間ぐらいじゃないかな、、、」と答え、時計を見て、ポケットから彼女の好きなアーモンドキャラメルを取り出し、その1つを彼女に渡す。


 「ありがとう。あなたは、こうゆう事、本当よく気が付くのよね。」と言って二ッコリ笑い、キャラメルを口にし、


「じゃあ、これあげる。」と言って、コーヒーキャンディーを俺に渡す。


 「俺は、彩のそうゆう元気な笑顔が大好きなんだ。」とそのキャンディーを口に入れて言った。



 小屋までの道々、今日何をしなければいけないかを話し合った。


「俺は、まず井戸の確認をして、水の確保をしてから、火の準備をするよ。」


「私は、じゃあ、掃除からはじめる。」


「その後、小屋の辺りを探索とゆうか、、、散歩しようか?」


「何か、懐かしいね。小屋に行くの、優とはこれで3回目、と言うか、私はこれで3回目。」


「俺は1人で2回来てるから、5回目かな。」


「散歩の後、どうする?」


「お湯を沸かして、身体拭いてスッキリしてから、食事して、後はのんびりと星でも眺めようか?」


「明日は?」


「明日の朝、日の出見ながら考えようよ。」



 その様な事話しながら、細い山道を歩いていた。途中、太めの真直な棒を見つけたので、その棒で足場を確認しながら歩いた。その道は俺と彩が2人並んで歩ける位の幅はあるけれど、所々草木が道を覆っていて、それをまたいだり、押し除けたりしながら通り抜けなければならなかったし、何度かチョロ犬を抱き上げなければ、進めない場所もあった。


 でもその事は、人があまりここには来ないだろう事を暗示している。


 彩の曾祖母の言う事を聞いて正解だったと思う。こんな状態の道を夜歩くのはとても無謀で、下手をしたら、道から外れて遭難していたかもしれない。



 1時間位その様な道を歩いていると、目印の丸い岩を彩が見つけた。 バスケットボール位のその岩は、土に埋まって見えない部分がそうとう大きいらしく、蹴ってみても、何をしても動かない。


 「彩、たぶんここだと思うけど、1人で見てくるから、ここでチョロと待ってて。動かないように、いいね。5分で戻る。ギターは置いていくから。」と言いい、拾った棒を使いながら、草木の中に入って行く。


 彩の曾祖母が人から見つからない様にと、わざと手を入れていないので、そこの草木は相当酷く生い茂っている。初めてここに彩と来た時、彼女はここを “見えない小道” と名付けたのを思い出した。2、3分程、草木を踏み倒して行くと、小屋に続く獣道程の細い道が見付かったので、そこにバックパックを下ろし、彼女の居る場所に引き返す。



 チョロと戯れながら、

「どう、見つかった?」と心配事は何もない、とゆうような声で聞く彼女に、


 俺はウィンクを送り、

「荷物、俺が持つから、付いて来て。」と答え、


 バックパックを背負い、ギターを左手に持って、またその “見えない小道” を、チョロを抱きかかえた彼女の前を歩きながら進んだのだが、抱かれるのを嫌がったチョロは、彼女の腕から逃げ出し、俺の前にやってきた。


 彩はその草木が生い茂った道を嫌な顔もせず、逆に喜んでるみたいに、

「私達って、探検隊みたいね。何かワクワクするわ。チョロ、ちゃんと前見て歩きなさい。」とはしゃぎながら言い、


 獣道に出た時には、

「私達は、ついにその未開の地に足を踏み入れた。そこで私達が眼にしたのは、、、」とテレビ番組のナレーターの様に言う。


 「奥さん、楽しそうですね。」


 「考えても、泣いてても仕方ないから、楽しむ事にしたの。今晩、お星様見た後、また襲うから、覚悟しといてね。」とニヤッと笑いながら言う。


 「その方が先輩らしいよ。また、ちょっと待っててね。」と笑いながら言い、バックパックとギターを下ろして、その “見えない小道” に戻る。


 彼女が後から、

「優、何処行くの?また私1人にするの?」と、少しスネタように言うので、


 「すぐ戻るよ、足跡を消すだけだから。それに、チョロがいるから、1人じゃないでしょ。」と返事をして、進み続けた。


 比較的細かい性格の俺は、岩の有る所まで戻り、折れた木や踏みつけた草等を元にもどし、足跡を出来るだけ消す。“見えない小道” は人に見られてはいけない。


 これからは、用心するのに超した事は無い。何がどう成るかなんて、誰にも分からないのだから。



 地面に座って、チョロに “お座り” を教えている、彩に

「お待たせ。」と言い、バックパックを背負っていると、


 「用心深いのね。」と彼女は立ち上がりながら言い、水筒を俺に渡して、、


 「小屋まで15分位よね。」と言うので、


 「11時位には、着けると思う。」と答える。



 “見えない小道” から続く小屋までの道は、確かに獣の道で、あちらこちらに何かの足跡らしきものがあるのだが、その頃の俺達はそれが何の足跡かなど、まだ知らなかった。チョロが俺と彩の間を行ったり来りする中、彼女は初めて2人でここに来た日の事を懐かしそうに話し始めた。



 「憶えてる?私が山小屋の事を話してて、“行ってみたいな” って言ったら、“じゃあ、先輩、今度の日曜、2人で行こうよ。” って誘ったのよ。


 とても恥ずかしくて、真赤に成っちゃった。皆の前で言うんだもん。あの後、すぐに学校中の噂になって、すごく冷かされたのよ。でも、あなたは、全然気にしてないの、、、


 とっても綺麗だったな、紅く黄色く紅葉してて、ウサギも見たよね。アーモンドキャラメルはあなたの影響なのよ。もう4年以上も前ね、懐かしいな。


 入院している時、よく思い出したんだ。


 私が “もう1度、行きたいな” って言ったら、“じゃあ、ここ出たら、行こうよ” って。


“何言ってんの?、行けるはずないじゃない。” って思ったけど、あなたは笑って、“大丈夫、また行けるよ。”って言ったの、、、


 ここに来るのは、これで3回目。私はまだ生きている。あなたも私のすぐ側にいる。


 あの時と比べれば、怖い事なんて、何もない。

 

 あっ、見えてきた。」



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