第2話 瑛とはづみ

「あなたの名前は、瑛。」



風が止み、閉じていた目を開ける。飛ばされた塵が目に入り、もう一度瞬きをする。

目を擦って次に瞼を開いた時、お互いが向き合う形になった。

「…俺、名乗ったっけ。」

「う、ううん。あれ、なんで私はあなたの名前を知ってるのかな。」

こっちが聞きたいんだけど、といった表情で硬直する青年…瑛。少女はその目の前で眉を顰めて何かを考え込んでいる様子だ。


「まあ、いいや。これも何かの影響があるのかもしれないし。改めて自己紹介する。俺は桐島 瑛。よろしく。」

まあいいや、で済ませていいのか…と思いつつも、それにぎこちない笑顔で応える。瑛の差し出した右手を握り握手する形になる。

「よろしく、私は、えっと…はづみ。近衛 はづみ。」

「なんか、聞き覚えある名前だな…。妙にしっくりくる。あれか、前にどっかで会ったとか。」

「でもそしたら、もっと…。うーん、さっきから頭もすこし靄がかかったみたいになってるよ。」

「何があるかわからない状況だ、追求は諦めて進もう。」

「………うん。」

「どうかしたのか。」

「いいや、なんでもないよ。瑛、行こうか。」





一瞬。私は、自分の名前がわからなかった。

自分の名前が、わからなかった。思い出そうとしても、はっきりとしなくて。

気付いたら口に出していた名前、"近衛 はづみ"。口にした瞬間、さっきまで靄がかかったようだった頭が、すこしすっきりした気がした。

だけど…、私は近衛 はづみ。それは実感できるのに、どこか違和感を感じる。その違和感の正体は見当も付かなくて、私の中ではどこかの歯車が噛み合わない。

瑛は、私の名前を聞いて…何処かで聞いた、しっくり来た。って言っていたから、きっと私は近衛 はづみで間違いない。

そういえば、私が瑛の名前を当てた時も、同じ感覚だった。実は瑛の姿を遠くから見つけた時に、少しだけ懐かしいような気持ちになったのだけど…。近くにいってはっきりと会話をした時には、そんなことすっかり忘れていた。そして、この人は誰だ、と考えた時に、私の口からはするりと瑛の名前がでてきたのだ。

妙に安定感があって、何かわからないものが腑に落ちたような。この人は、瑛だ…って。その時も少し、頭の靄が晴れた気がした。


そういえば、瑛は、どうなんだろう。私みたいに、モヤモヤしてないのかな。


うーん、わからないや。








「………」



「……ぃ」






「おい」


気が付いたら目の前に瑛が居た。どうやら私の顔を覗き込んでいるみたいだった。返事をしないまま取り敢えず起き上がり、辺りを見渡すと、さっきまで隣の街に向かうために渡っていた赤い鉄橋の上だった。


「…あれ、私、いつ寝たの。」

「寝たって…。おまえ……、倒れたんだけどな。」

「え。」

「は、覚えてないのか…。」

「うん、ごめん。少し迷惑かけちゃったかも。じゃあ気を取り直して、行こうか。」




今居る赤い大きな鉄橋の向こうに、うっすらと街が見えてきた。

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終末幸福論 そらのまき @Soraokkg

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