終末幸福論
そらのまき
第1話 終末の日
目がさめると……正確には、目を開くと。
眼前に広がっていたのは、瓦礫だらけの街だった。建物や電柱は粉々になっていて、不自然なほどに道路だけが綺麗に残っている。
『今日は、世界の終わりの日です。』
いつからか、常に頭の端にあった一節。まるでどこかの映画みたいな、そしてとても無機質な言葉。現実味の欠片も無い、はずなのに。
目を開いたさっきからずっと、そのフレーズだけが頭の中を駆け巡る。ああそうか、今日終わるのか。と思う他ないのだと納得しようとするものの、勝手に思考回路を操られているようで不快感を覚える。
しかし、それにしてもさっきから目に映るのは瓦礫の山ばかりで、人どころか死体すらない。
「……ここ、どこだろう。………まあいいや、て言いたい所なのに、そうも行かないかな。」
少女は少し痛む頭を抱えつつ、軽く辺りを見渡す。やはり見事に無人であった。今この光景を眺めている本人は確かにここに存在しているので、人が1人もいないなんて事は無いだろう。
とりあえず辺りを探索する事から始めよう。こんな殺風景な中に人影があったなら、すぐに見つけられるだろうから。
すると人間は案外すぐに見つかった。最初に現状確認をした道の真ん中から少し進んだ先の、恐らく公園があったであろう所。無残にも基礎だけがぐにゃぐにゃになって残っている遊具達の中、1人の青年が居る。
「…あ、あの。」
恐る恐る声をかける。すると、少しばかり緑がかった金髪の青年は、驚いたのかびくりと肩を震わせ、声の主の姿を捉えると、目を見開いた。
「………えと、あの。人に、会えて嬉しかったからつい。急に声をかけてしまって、ごめんなさい。知らない人に声かけられたら驚きますよね。」
「いや………。………。」
「ど、どうかしました?」
「なんでも、ないよ。それにしても、俺以外にもまだ人居たんだな。」
「私も、ここに来るまでは他に人を見てないです。街もぐちゃぐちゃで…。」
「今日世界が終わる、なんてな。まあ前から予測はされてたみたいだけど。」
「本当に、終末…なんですよね。」
「きっと俺らももうすぐ死ぬんだろうな。」
「…そう、なんですかね。そうなんでしょうね。」
「俺らは、最期に会った人間…って事になるんだろうな。孤独死じゃなくて良かったよ。最期だしどうせなら、肩の力抜いて話して貰って構わない。」
青年は、落ち着いた口調で話していた。何か割り切ったような表情をしているようにも見えた。
「え…。ああ、ありがとう、そうする。」
「なんか、寂しいな。それにしてもこんな殺伐とした所で死ぬのは嫌だし…。面倒かもしれないけど、どうせなら景色が綺麗な所で死にたいな。」
「綺麗な、所。」
ふと、少女の頭に、リアクションする迄もない程度の軽い痛みが走る。
いつだっけ、わからない。でもきっとこれは私の話。
悲嘆と怨嗟の声が、私を責め立てる。
私の居場所はどこにもなく、罵声と暴力を浴びせて私を屈服させようとする。
毎日体に叩き込まれる恐怖心。至る所にある赤、青、黄色の斑点がその証。
でも私の中には、確かに1つの光があった。
こんなにぐちゃぐちゃに壊れる前、まだ自由が許されていた時に貰った約束。初めて交わした、何でもないけどどこか特別な。
_その日は、世界の終わりの日。私に気持ちの悪い色の模様を付けて縛り付けたあの人たちも、いつの間にか居なくなっていた。不審に思い辺りを見回したものの、本当に誰もいない。だから私は、お気に入りの洋服をきて、久しぶりに外に出た。
しばらく動かなかった…動けなかったせいか、筋力は大分衰えていた。けれど自分の体を支え歩く程度はできる。平均よりもかなり軽いはずの身体も重く感じるが、それでも外に出たかった。
町に出ると。辺りの人々は皆、近所であまり見ない子、又はああ、そういえばこんな子を昔見た…なんて言いたそうな目で此方を見ていたけれど、気にしている暇なんてなかった。
何年も切り揃えられず、所々引き千切られた長ったるい髪が風に靡く。夕日に照らされ金色に輝き、視界を遮る。
外に出た時真っ先に浮かんだのは、あの約束のことだった。ずっと、それだけを頼りに生きてきた割には抽象的な内容だ、と…ここで初めて気がついた。
確かこの街で1番綺麗な景色を見渡せるのは、高台の神社だった。久しぶりの外で、気持ちが高揚している。今すぐにでもそこに向かいたいという気持ちで溢れ、重い身体を必死で引きずる。速く行かないと、あの人たちに見つかってしまうかもしれない。だから、速く_。
だけど。次の瞬間、ふと振り返った私の視界は輪郭のぼやけた強烈な光によって眩んだ。
「あれ、どうしたんだ。」
「ううん、なんだか…ここに来る前の記憶が曖昧で。1番最後の記憶は…。あなたに会うすこし前に、道の真ん中で立っているところからで。後は何だろう、薄ぼんやりと、懐かしいシルエットが。」
「記憶喪失、なのか。」
「いいや、そんなものはなかったはずだよ。」
「…わからない。な。世界が終わるから、因果律とかなんとかが歪んでるんじゃないの。」
「………さっきから思ってたけど、冷静なんだね。」
「いや、だってもう世界はなかった事になるんだろ。」
「だから、何があっても気にしないんだね。」
青年は相変わらず、どこか安堵したような投げやりなような表情で話している。
「そういうことにしないと、目の前の惨状も収集つかないだろ。」
目の前は瓦礫の山。遠くに見える山も抉れていた。
「まるで映画で見る、終わりの世界。よく私ここに居るなあ。それにしてもなんで、死体も人もいないのか不思議。」
「不思議な状況でしかないけど、まあ終わるし。それにしても、こんな惨状みても映画みたいに慌てたりとかは無いな。」
「現実味がなさ過ぎるからだろうね。本当、特に目立った感情もわかないよ。」
周りの景色に似合わず、日常会話程度の声色で話す2人。きっともしも、側から見ることができる第三者が居たならば、2人のことを奇異の目で見ていただろう。
「あ、ねえ。あなたのさっき言った事。賛成、だよ。」
「ん、…ああ、綺麗なところで、死にたいってやつ。」
「うん。どうせ死ぬんだったら、景色の綺麗なところで満たされて死にたいなって。」
「そうか、じゃあ早速出発しよう。」
軽々しく死を口にする。それは、本当に世界は終わるのだと、無意識に認識しているからだろう。
「行くあては、あるの。」
「いや、特には…。」
「そっか。………。」
少女は何か言いたそうに青年の方を見ている。2人の間に少しの沈黙が流れる。
「…そういえば、自己紹介、まだだったな。」
少女の言いたいことは分からなかったが、先に口を開けたのは青年だった。
「ああ、そうだね。そういえば…。名前も知らない人と死のうとしてたんだ。変なの。」
「今日が世界の終わりの日じゃなかったら変な話だな。まあ、名乗るよ。俺の、名前は…」
青年が名乗ろうとした、その時。少女の声が重なった。
「瑛。あなたの名前は、瑛。」
_刹那、突如巻き起こった一陣の風が、2人の視界を遮った。
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