人気店にご注意!
川和真之
第1話
スマホで調べたお店が見えてきた。✩が沢山ついている人気店だ。時刻は十七時で、まだ業務時間は終わっていないが、バレっこない。一人で前日入りする出張の特権だろう。
暖簾をくぐると、大将の歓迎する声が聞こえてきた。店内は明るくてこざっぱりとしている。カウンター席は7席程度。一人で経営している小さなお店のようだ。先客は一人の若い女性客。僕は遠慮しがちに二つ席をあけて、左側に座った。
おしぼりで顔をふく。今日起きたすべての嫌なことを拭き落とせたような、爽快な気分がやってくる。僕は大将の背中越しにあるメニューに目を向ける。
まぐろ、こはだ、うに、いくら。
どこから攻めようか悩ましい。
どれにしようかな。どれから食べようかな。
なかなか、決めることができない。
――そういう、優柔不断なところが嫌いなのよ。
今日、電話で恋人に言われた言葉だ。いや、元恋人という表現のほうが適切だろう。
僕は大きくため息を吐いた。
この憂鬱な気持ちを吹き飛ばすために、久しぶりに回らない寿司屋にきたというのに、なんでこうなるのだろう。
大将に目をやると、食事を済ませた女性客と歓談をしていた。女性の横顔が目に入る。
美人だ。
切れ長のひとみに、透き通るような肌。二十代後半くらいだろうか。スーツ姿であるから、僕と同じ出張組かもしれない。
大将が僕に笑みを浮かべた。
「最初、何にしますか」
「あ、ええっと、じゃあマグロで」
僕がそう言うと、へいと返事をしたあと、続けて声をかけてきた。
「お客さんも、出張ですかい」
「あ、ええっと、はい。広島からでして」
「広島!」
女性が声をあげた。
「私も広島ですよ、すごい! 奇遇ですね!」
僕の心臓の鼓動は高鳴りはじめた。すごい。こんな展開があるなんて。
「戻ったら、ぜひお食事に行きましょうよ!」
そういいながら、彼女は僕のそばにやってきて名刺を出してきた。
「〇〇保険 営業課 山口美依紗」
にっこりと笑みをうかべて、彼女は去っていった。
人気店にご注意! 川和真之 @kawawamasayuki
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