51 もうひとつの花園

 奈緒美が東京に戻った翌日から、立て続けにうれしい知らせが届いた。

 神村が同立義塾大学への入学を決め、三室戸は難関校の東京体育大学に合格した。

「よかったな、憲治」

 三谷は少し細くなった神村に言う。神村は控えめに礼をする。

「将来やりたいことが見つかったか?」

 三谷は聞いてみる。

「大学は東京に出ますが、やがては長門に戻ってきたいです」

 神村はそう答える。

「お、少し具体的になったじゃないか。でもお前が長門に帰りたいとは、意外だな」

「自分なりにいろいろと考えたんですけど、やっぱり地元に貢献したいです。たくさんお世話になりましたし」

 夏の合宿の光景が前世での出来事のように思い出される。みんなでカレーライスを作り、父母に感謝を述べたあの瞬間が胸を温め、そして、締め付ける。

 三室戸は、体育の教師になって、ラグビー部の監督になりたいと力強く言う。

「指導者として花園を目指します」

「お前ならできるよ。そのためにも大学でよく勉強するんだぞ」

「ありがとうございます。できれば、向津具学園に戻ってきたいです。三谷先生の下で、監督業を学びたいです」

 希望に満ちた顔でそう言われると、三谷は何も返すことができない。だが、それは、いいアイデアかもしれない。将来的に三室戸が監督となり、スリーアローズのラグビーを継承してくれれば、これまで蒔いてきた種が花を咲かせることになるかもしれないと思い直す。気がつけば、思わず、三室戸と握手を交わしている。 


「浦はどうなんだい? 勉強ははかどってるのか?」

 受験勉強まっただ中の浦は、3人の中でも際だって顔が青白い。

「けっこうはかどっています。ラグビーの練習がそのまま勉強のモチベーションにつながっている気がします」

 浦は、グラウンドで見せた勇敢な瞳を向ける。

「国立大学の工学部に入って、半導体の研究をしたいです。今は電気自動車のバッテリーを小さくする技術に興味があります。そして、ものづくりの技術を開発するベンチャーを作りたいんです」

 それは、壮大なビジョンだ。

「進路の面談で三谷先生が言われたように、長門にベンチャーを立ち上げて、先進技術の街にしたいです。できれば、神村を営業担当にして、2人で起業できたらいいなって考えています」

 浦は神村を見る。そうして2人は、なぜか、腕相撲のように、固い握手をする。

「その前に、お前、受験勉強した方がええんやないか?」

 三室戸は浦に言う。

 たしかに、と浦は目を丸くして言い、三谷に礼をした後で自習室へと走って行く。その背中に、朱色のジャージに記された背番号「13」がオーバーラップされる。

 どんどん遠ざかってゆく浦の後ろ姿を見ると、せつなくも頼もしい気持ちになる。

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