33 ラグビーボールはいらない
❶
夏休みに入って最初の土日に、太多が再び2人のトップリーガーを連れて、向津具学園にやってきた。
この時期にしては珍しくあいにくの雨だったために、近所のトレーニングセンターの体育館を使っての練習となったが、スリーアローズの選手たちはリラックスした様子で質問したり、ちょっとした議論をする姿も見られた。
トップリーガーたちも、安易に答えを示さず、あくまでヒントを与えるというスタンスに徹している。ラグビーに答えはない、という太多の持論が福岡レッドドラゴンズの選手たちにも浸透しているというわけだ。
2日間のテーマは「ディフェンススキルの習得」だ。2月から4月にかけてパーソナルスキルを鍛え、5月からはエビラックとバナナラグビーを練習し、6月にはセットプレーからの攻撃を構築した。そこで、夏休みを使ってディフェンスの理論を学び、選手たちへのインプットを完結させるという計画だ。
ラグビーのディフェンスの基本はやはりタックルだ。だが、最新のルールでは、タックルした後にすぐに立ち上がり次の動作に移るという高い技能が求められる。
土曜日の午前は、その動きを作ることから入る。体育館にマットを敷き、基本動作を繰り返す。まるで柔道部のようだ。
午後からは密集におけるサイドディフェンスに移る。鉄則は、「内側(密集に近いところ)を抜かれない」ことだ。そこを抜かれると中央突破を許してしまい、カバーが追いつかない。密集のそばに立つ複数の選手が役割分担をし、マークすべき相手を丁寧に確認した。
❷
「明日は、今日の個別的なディフェンスを組み合わせて、より組織的な動きを伝えるつもりだ。グラウンドが乾いてくれるといいけど」
練習後、太多はそう言い、生ビールをうまそうに飲み干す。
「スリーアローズはバナナラグビーを目指しているから、誰もが同じディフェンスができなければならない」
「ウチのFWに、BKSのディフェンスができるかな?」
FWの選手だった三谷には、スピードがあってトリッキーな動きをするBKSの選手を止めることの難しさがよく分かっている。
「できますよ、あの子たちなら。みんな、一生懸命やないですか」
トップリーガーの吉田が、関西訛りの口調で言う。
「全てがパイオニア精神なんだ。これまでやらなかったことができるようになるから、本物の強化につながるんだよ。一生懸命にやれば、たいていのことはできるという経験をしてもらいたいし、そもそもあの子たちは能力も高いから、間違いなくできるよ」
太多も吉田に加勢する。
「それにしても、あの子たち、ようやりますよね。会うたびに成長しているのが分かりますもん。三谷先生の指導力ですね」
もう1人のトップリーガーである好本が壺焼きのサザエを噛みながら感心する。三谷はそんなことはないよと応える。太多がいなければここまでのチームにはなっていない。
「三谷の情熱でここまで順調に来ているけど、問題は8月からだ。明日は選手たちにゲームマネジメントの中での具体的なディフェンスを落とし込んでいくんだけど、ここからが時間がかかるんだ」
ゲームマネジメントとは、試合の中で、時間帯や風向き、得点差やエリアに応じて、どんな戦術が有効かを予め共通認識しておくことだ。
「それって、どのチームでもやるんだろうけど、高校ラグビーでは、ほとんどの場合、監督が決めるんだと思う。そこを、スリーアローズは、完全に選手たちが策定していくんだ。チームトリップだよ。その方が絶対に楽しいし、つまり、強い」
太多は逞しい腕でジョッキを持ち、ビールを流し込む。
「できるんやないですかね、あの子らなら」
好本は言う。俺も高校時代、そんな指導を受けたかったなあ、と。
「ただ、ここからは三谷の役割が重要になるよ。選手たちに自由に考えさせるんだけど、そのための前さばきをきちんとしとかなければならない。自由というのは、リスクを伴うからね。ただでさえ、高校生にしては高次元で多くのインプットを入れているから、三谷がそれらをきちんと整理した上で、調整役をしなければならない。そのために、1つやってほしいことがあるんだ」
太多はジョッキを置き、三谷の方を見ながら、こう続ける。
「ラグビーボールを使わない合宿だ」
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