28 エビとバナナ?

「ここまで、みんな順調に成長してきた。正直、俺もびっくりしてるよ。特に、目標だったパーソナルスキルが目に見えて向上した。体幹を使ったランと正確なパスのスキルの向上がデータの上でも明らかになったし、試合でも発揮された。みんなが本気で取り組んだ成果だ」

 今や3年生が3人、2年生が10人、1年生が15人に、トコを加えた29名にまで膨れ上がった大きな円陣が、初めて向津具に足を運んでくれた太多をとり囲んでいる。特に3人の3年生は、最前列で真剣なまなざしを向けている。まさに彼ら3人がアローズの核なのだと実感される。


「計画表を思い出してほしい。4月の県大会では東萩高校とは2トライ差以内、周防高校とは3トライ差以内のゲームをするという目標を掲げていた。それが、東萩高校には14対10で勝ち、周防高校とは5対35と、4トライ差がついてしまったものの、内容的には十分なゲームができた。大切なことは、ウチはパーソナルスキルだけでここまできたということだ。今後、実力差は縮まる一方だよ」

 太多はグラウンドに持ち出したホワイトボードを効果的に使いながら説明している。教師よりも教師らしい。理論的でありながら、パッションが満ちあふれている。選手たちを奮い立たせるのは、最終的にはそこなのだと三谷は学ぶ。大学院のゼミでも議論されなかったことだ。


「さて、計画表にある通り、この5月からは次の目標を提示する。コンタクトスキルの向上だ。これを習得すれば、『ずらすラグビー』のバリエーションが広がって、より着実に前進することが出来る。それと、6月の中国大会予選の目標を見てほしい」

 選手たちは各自がラグビーファイルの中に綴じた計画表に目を落とす。

「東萩高校に2トライ差をつけて勝ち、周防高校には2トライ差以内のゲームをすることになっている。コンタクトスキルを身につければ、必ず達成できる。今のみんななら、それはできると思っているはずだ」

 太多は福岡レッドドラゴンズから2人の選手を連れてきてくれた。プロップの吉田とスタンドオフの好本だ。2人とも秩父宮でのゲームにも先発していた、チームの看板選手だ。プロレスラーのような身体の2人は円陣の後ろで腕を組み、太多のプレゼンを見ている。向高の選手たちは夢の中を彷徨っているかのように、どこかソワソワしてもいる。

「よし、それじゃあ、今から大事な話をするぞ。君たちは意欲と理解力が高いから、最終的に目指すべきラグビーの完成形を示しておくことにする。そこから逆算して、具体的なコンタクトスキルをイメージしてほしいんだ。いいかい、スリーアローズのラグビーとは……」

 太多は静かにそう言い、ホワイトボードに書く。


 バナナラグビー


 バナナ……? 三室戸が声を上げる。

「『ずらすラグビー』と『シンキングラグビー』を高いチームワークによって実現するのがバナナラグビーだ。俺たちトップリーガーが時間をかけてカスタマイズした、いわばスリーアローズのためのラグビーだ」

 さすが太多だ、と三谷は思う。実はこのアイデアは、今年の2月に練習風景の動画を見てすぐに思いついていた。身体は大きくはないが身体能力が高い向高の選手にマッチするらしい。

 従来のFWとBKSを明確に分ける戦法ではなく、全ての選手がFWもBKSも自在にこなすことができるというシステムだ。まるでグラウンド全体に1本の長いバナナが横たわるように、大きく長いアタックラインを作り、しなやかな連続攻撃をかけていく。

 これにより、切れ目のない継続が可能になり、FWとBKSに分かれた相手のディフェンスよりも素早く展開し、相手を左右に大きく揺さぶることができる。つまり、ラグビーなのだ。

「すげえ、初めて聞きました、そんなラグビー」

 三室戸はダイヤモンドを掘り当てたような瞳で、息を呑むように言う。

「FWもパスができるようにならんといけませんね」

 神村はすでに具体的なイメージを浮かべている。

「そうだよ、だから2ヶ月もかけてパススキルをやってきたんじゃないか。この前の試合でもいいパスを放っていたよ。絶対にできるよ」

「すげえ、マジですげえっす」

 三室戸はもう一度声を上げる。 


 午後からは現役トップリーガーの2人がコンタクトのスキルを指導してくれる。

「ほんじゃあ、やるぞぉ」

 間の抜けた声を上げたのはプロップの吉田だ。太多曰く、この選手の指導力はずば抜けているということだ。その通り、指示は的確で、余計な言葉がない。おまけにそのユーモラスな仕草が選手をリラックスさせる。

「バナナラグビーは、激突しない。だから、相手に捕まってラック(倒れる)になってしまったら、身体をエビ反りにして、味方の方に戻ってくるんだ。よし、じゃあ、このラックに名前を付けてみよう」

 自ら土の上に横たわってデモンストレーションしてみせた吉田は、倒れたまま選手たちに呼びかける。すると三室戸が答える。

「エビ、ラック、ですかね?」

「おお、うまそうな名前やん。かっぱえびせんみたいや。オッケー、じゃあ、この倒れたままエビ反りになって戻ってくるコンタクトを、エビラックと名付けよう!」

 かくして、バナナラグビーを実現するためのエビラックが命名された。

 やみくもに相手に突っ込んでいくのではなく、倒れたら後ろを向き、上半身をめいっぱい伸ばして味方の前にボールを置く。この逆転の発想により少人数でのボールのリサイクルが可能になる。つまり身体の小さい選手でも効率的に継続できるのだ。


「エビラックとバナナラグビーができれば、本当に周防高校に勝てそうです」

 練習後、神村が太多に言う。

「だから勝てるって。絶対。スリーアローズは計画の中で進化していくんだ。でもね、システムというのはそう簡単には出来上がるものでもない。だからこそ、6月の中国大会予選では、周防高校に2トライ差以内のゲームをするという無理のない目標を設定してるんだ。あくまでもターゲットは11月の花園予選だ。そこに勝ちさえすればいいんだ。ぶれることなくやっていこう」

 3年生の3人はしっかりとうなずく。


 三谷はここへ来て、太多がやろうとしていることが正式に腹に落ちてきたように思う。この男は、目標達成のための具体策を明確に示し、確実にインプットさせ、選手たちのモチベーションの向上につなげている。

「『やってみたい』『自分にもできるかもしれない』というモチベーションこそ成長の源なんだ」

 2年前、文武両道に悩む秋元に対して心を込めて投げかけた言葉を、逆に太多に思い出させてもらった。

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