26 ミラクルはいつも必然に
❶
新学期早々ミラクルが起こる。何と、新入部員が15人も入ってきたのだ。
ミーティングに集まった新1年生を見た時、三谷の心は震えた。夢じゃないかと思った。父母会が地元の中学生や保護者に粘り強く働きかけてくれたのが大きく効いているようだ。
しかも、そのうちの4名は隣の
「これまでお前がやってきたことの、何よりの成果だよ。見る人は見てたんだ」
太多は声を上げて喜び、その後すぐに現実的な口調に戻る。
「よし。じゃあ、計画を前倒ししよう。来週の県大会を上手く計画に組み込むんだ。リバイス版を送付するから、それをすぐに神村たちに伝えておいてほしい」
「分かった。ちなみに、どんな感じになるんだろう?」
「ざっくりと言うと、早めにチームトリップを導入する」
「チームトリップ?」
「自分たちのストーリーを、自分たちの話し合いによって作り上げていくんだ」
「スローガンとか計画とは違うのか?」
「もっと具体的なものだよ。東萩高校と周防高校に勝つためのストーリーだ。ここまでやってきた練習の成果を、試合のどの部分に応用するのか、点差や時間帯、エリアや天候などの様々なシチュエーションに応じた攻撃や防御の方法を自分たちで作り込んでいくんだ」
「大学ラグビーでやるようなことだな」
「いや、ひょっとして、大学よりも緻密になるかもしれない。今後は選手たちに多くのインプットを入れていくことになる。シンキングラグビーだよ。彼らには覚える力もあれば知識を活用する力もある。そこを強みとして全面に出すんだ」
「俺が覚えられるかな?」
「もちろん三谷はすべてを把握しなけりゃならない。だが、やるのは選手たちだ。チームトリップも選手たちの力で作らせる。なぜだと思う?」
「俺1人で抱え込むのは限界があるっていうことか?」
太多は三谷の発言の上に覆いかぶさるように畳みかける。
「楽しいからだよ。ほら、俺たちが子供の頃、工場の空き地に秘密基地を作ったりしたじゃないか。あのワクワク感が楽しさの源なんだ。普通の指導者は自分が決めたことを生徒にやらせる。その方が一見効率が良さそうだし、間違いがないように思われる。でも、最新のコーチング理論はそうじゃないんだ。そういう指導だと結局やらされる練習になって、選手には思考停止が起こってしまう。そうならないためにも、従来指導者がやってきた部分をあえて選手自らにさせるんだ。その方が、結局モチベーションも効率も格段に上がって、チームは強くなるんだ」
「つまり指導者はファシリテーター(調整役)になればいいんだな」と三谷は聞く。
「その通りだ、さすが三谷先生。呑み込みが早い」
「教育の世界ではそういうやり方をアクティブ・ラーニングと言うんだ」
「アクティブ・ラーニング? どこかで聞いたことがあるな」
「教師が学習内容を教え込むのではなく、生徒が主体的に、対話の中で探究的な活動を行う。いわばアウトプット型の授業だ」
「なるほどね」
「でも、アウトプットを出すにはインプットがいることがあまり議論されていないんだ。だから、ワイワイガヤガヤの授業になって、どこにも到達できなくなる。俺の考える教師の役割とは、学習内容をインプットさせることと、それらをアウトプットする場を用意し、生徒に助言や支援をすることだと思っている」
「間違ってないね。今お前がやっている国語の授業と同じ路線でやればいいよ。選手たちをしっかりと見守り、応援者になることだ。生徒の学び方を改革することは、将来の働き方を改革することにつながるよ。選手たちに話したとおり、これからの社会でイノベーションを起こし続けるためには、短時間で多くのアイデアを出す企業の方が強いんだ。そういうことを、高校生のうちからラグビーで経験することができれば最高じゃないか」
大学院時代から研究し実践し続けてきた教育理論が、もしかすると花園出場に向けて応用できるかもしれないと思うと、武者震いがする。
❷
チームトリップの第1弾として、チーム名を決定する。
チーム自体をブランド化し、地域に向けた発信力と求心力を高めるという企業戦略を部活動の運営にも採り入れようという太多の提案だ。
まず選手たちが候補を複数出し合い「向高スターズ」「ブルードリームズ」「スリーダーツ」の3つに絞った。そして最終的に保護者に投票してもらい決定した。
その結果「スリーダーツ」に最も多くの票が集まったが、蒔田あゆみが英語辞典を
このネーミングの原案を出したのは神村だった。かつて地元を治めていた戦国武将・毛利元就が、結束の大切さを説いた「三矢の教え」から来ていることは、説明するまでもない。
「僕たちスリーアローズの目指すラグビーは、『ずらすラグビー』と『シンキングラグビー』です」
校長室で神村は堂々と宣言する。
「スリーアローズか、なかなかいいチーム名じゃないか」
校長は教師の表情で笑う。
「私も、君たちラグビー部のことは応援しているよ。新入部員もたくさん入ってきたようだし、ぜひ、今年は開校以来初の花園に出場して、全国に向津具学園高校の名前を知らしめてほしいね」
神村と三室戸は小気味よい返事をする。
2人が校長室を出た後、三谷だけ呼び止められる。
「3年目に入って、だいぶ選手たちも頼もしくなってきたようですね」
「今年花園に行けなかったら、廃部になるという話を聞いていますから」
三谷が静かに応えると、校長はふっと笑う。
「そんなにプレッシャーを感じることはないんですよ。いろいろな意見があるだけです」
「宇田島さんは、本当の話だといつも言われています」
「まあ、あの人は、情熱家だからね。自分にプレッシャーをかけているのかもしれないし。昔から、やると言ったことは何があってもやろうとするタイプですから。あの人のことはあまり気にしないで、三谷先生のやり方でベストを尽くしてもらえればそれで十分ですよ」
三谷はこの機会に、心に引っかかっていることを吐き出す。
「それと、トンガからの留学生の件、ありがとうございました」
校長は大事なことを久々に思い出したような顔をする。
「宇田島さんの方から三谷先生にすべて説明してあると聞いていますが、この件についてはあの人の強い要望がありましてね。あの人は長いこと大学ラグビーのスカウトをやっていたから、そのコネクションを使って連れてきたんです。それも、あれよあれよと事が進んでね、いろんな障壁もあって、かなりドタバタしたんですよ。まあ、部員たちには国際理解教育にもなるでしょうから、しっかり可愛がってやってください」
校長室を後にしたとき、宇田島の顔が思い浮かぶ。
「すべて説明してある」と校長は言ったが、そのすべてがどこからどこまでを指すのか、三谷には全く分からない。
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