25 新メンバーがさらに流れを変える?

 3月も最終週に入った春休みの日、グラウンドに足を運ぶと、宇田島の隣に大木のような男が立っている。宇田島は三谷の姿を確認すると、その男の腰をポンと叩く。190センチはあろうかという男が、緊張した面持ちで見下ろしてくる。

「ハジメマシテ、ワ……ワタシハ、シミタイトコ・フィフィタ、トイイマス。トンガカラ、キ……キマシタ」

 三谷は、宇田島に助けを求める。

「トンガからの留学生ですわ。卒業までの2年間、ウチの高校に在籍することになっております」

「え?」

「ド……ドオモ、ヨ……ヨロシク、オネガイ、シ……シマス」

 自信のない木管楽器のような声だ。額には大量の汗がにじんでいる。

「ラグビー部に入るっていうことですか?」

 三谷が聞くと、宇田島は小馬鹿にするような口調で言い放つ。

「そりゃそうですわ。ウチでラグビーするために来たんです」

 改めて大男を見回す。浅黒い顔に太い首、チェックのシャツの胸元は筋肉で盛り上がり、ジーンズの下半身は岩のように固そうだ。

「それにしても、突然の話ですね……」

「話は去年からあったんやけどね、今年に入って急に進んだんですわ。こないだの理事会で承認されたんです。カネは理事長のポケットマネーで全て賄うっていう条件でね」

 三谷の心には驚きと、どうして一言相談してくれなかったのだろうという疑念が泥水のように混じり合う。

「向こうでラグビー部には入っとらんかったみたいやけど、元々ラグビーが盛んな国やから、小さい頃から慣れ親しんでますよ。関西産業大学でもトンガの留学生はおったけど、彼らは真面目やし、この体格や。すぐできるようになりますよ」

 宇田島はタバコの匂いを漂わせながら得意げな笑みを浮かべる。

「ありがとうございます……」

 三谷は礼を言いながらも不満を抑えきれずにいる。


 もっと驚いたのは選手たちの方で、どうして先生一言教えてくれなかったんですか、と口々に聞かれる。いや、実は俺もたった今聞かされたばかりなんだ、と返したいところだが、宇田島の手前そうも言えない。

 とはいえ、選手たちはビッグな新入部員の加入を歓迎している。

「留学生が試合に出ることは出来るんですか?」

 早速三室戸が聞いてくる。できるはずだ、と三谷は答える。花園の試合でも見かけるし、高校駅伝など他のスポーツでも活躍している。

「シミタイトコ・フィフィタ。名前が長くて言いにくいね。何と呼べばいいのかな?」

 神村が聞くが、日本語がままならぬ彼は首をかしげるだけだ。蒔田あゆみが英語で質問すると、子牛のような瞳にスイッチが入り、「My Nickname is トコ」と応える。

「トコって呼べばいいんだね?」

 蒔田あゆみの優しい問いかけに、男は首を縦に振る。

「それなら呼びやすい。それじゃあ、トコにも計画を理解してもらわないといけないね」と神村は言う。

「そんなんええよ。こいつはまだ日本語もろくに喋れんのやから、あんまり難しいことを要求したって無駄や。実戦練習の中でガンガンにぶつかりゃええんや」

 宇田島が口を挟むと、三室戸が小声で、「それって全然『ずらすラグビー』じゃないやん」と不平を漏らす。


「すげえじゃん。そりゃ、武器になるね」

 太多が開口一番そう言ってくれたから、三谷は胸をなで下ろす。

「でも、大丈夫だろうか、チームはまとまるかな?」

「おいおい、三谷先生が何をおっしゃるんだよ。ラグビー日本代表を見てみろよ。海外から来た選手たちが日の丸を背負って身体を張ってるじゃないか。そのトンガ人の加入によってスリーアローズは多様性を取り込むことができる。教育ツールとしてのラグビーに魅力的なコンテンツが加わるんだ。最高だ」

 三谷は密かにためていた宇田島への不満をぶつける。すると太多は尋ねてくる。

「っていうか、あの人何者なの?」

「うちのGMだよ」

「でも、監督への相談を飛ばして勝手に留学生を連れてくるとか、まともなGMの仕事じゃないよ」

「これまではすごく協力的だったんだけどね」

 太多は何かを考えた後、落ち着いてこう言う。

「まあ、でも、あの人も上手に入ってもらいながら、俺たちの計画を実行するんだろう。喧嘩したってしょうがない。余計なエネルギーを取られるだけだ。いずれにしてもその留学生の存在は大きいよ」

「ただ、チームスローガンがぶれないか?」

「なんで?」

「あんなばかデカい選手に『ずらすラグビー』ができるんだろうか?」

 太多はふっと笑う。

「ウチのチームには198センチ120キロのニュージーランドから来た選手がいるよ。そいつでさえきちんとずらせてるんだ。いいかい、三谷、ぶれちゃだめだって。いくらデカい選手が1人いたって、相手にマークされたら終わりなんだ。1人の選手に頼るチームは、弱いんだよ。スター選手は要らない。要るのは、チームに貢献できる選手だ。マネージャーは英語がしゃべれるんだね?」

「たしか英検の準1級を持ってる。彼女は相当優秀だ」

「そりゃすげえ。その子の方が即戦力だよ。マネージャーを使って、チームスローガンと練習計画をトコに徹底的に叩き込むんだ。しばらくはランニングと筋トレだけでいい。それ以外は、彼女に教育係をさせよう」

「わかった」

 三谷の心はほぼ100%元に戻っている。

「それより、来週入学式があるんだろう? 新入部員が入った時点で、やってほしい活動があるんだ」

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