23 ぶれるのが人間

 周防高校と東萩高校の決勝戦を観戦した後、太多は三谷に言う。

「2校とも良いチームだけど、勝てない相手じゃないね。しかも、両チームの個や戦術は似通っている。だからウチとしては対策が立てやすい。『ずらすラグビー』ができるようになるだけで、だいぶ違ってくるはずだ」

 福岡レッドドラゴンズのウインドブレーカーに着替えた太多は、高校時代とは別人に映る。三谷でさえ、近寄りがたい雰囲気を身にまとう。


 すっかり人々がいなくなったグラウンドの端に、試合がなかった向津具学園の選手が集まる。三谷が整列させようとすると、太多はそれを制す。

「みんなこんにちは。太多です。悪いけど、輪になってくれる。俺は整列よりも円陣が好きなんだ。みんなの顔が見えるし、声も聞きやすいから」

 神村をはじめ選手たちは顔を見合わせながら太多の周りを囲む。トップリーグのコーチを前に、期待と緊張が入り交じった顔をしている。

 三谷は蒔田あゆみにビデオの撮影を依頼する。彼女は感じの良い返事をしてすぐに準備に取りかかる。

「三谷先生からすべて聞いてる。去年の東萩高校の試合も見せてもらったし、みんながどんな個をもっているのかもちゃんと把握している。そのうえで、君たちのスローガンを決めたと思うんだけど、神村君、言ってもらえる?」

 神村はぴんと背筋を伸ばし、どうして自分の名前を知っているのですか、という驚きの表情を見せながら答える。

「『ずらすラグビー』と『シンキングラグビー』、です」

「オッケー、ただ、今の声、聞こえたかな? 白石君、聞こえた?」

 自分の名前を自然に指名された1年生の白石は、これまた驚いた顔で、「聞こえました」と答える。

「分かった。じゃあ、今の声が、もし満員の花園ラグビー場だったらどうだろう? 聞こえるだろうか?」

「聞こえない、と思います」

 白石は答える。

「三室戸君、今の白石君の声聞こえた?」

 三室戸は大きくはっきりとした声で答える。

「聞こえましたが、満員の花園ラグビー場では聞こえないと思います」

「サンキュ! ここは花園じゃないし、べつにどでかい声を出す必要もないけど、みんなの声は小さいよ。いいかい、ラグビーは教育ツールなんだ。将来みんなが社会に出た時に必要な要素がこのスポーツにはたくさん詰まっている。今日は初めてのレッスンだけど、これから一番大切なスキルを伝えるよ。それは、勉強よりも大事なことだ。なんだか分かるかい」

 選手たちが顔を見合わせす中、太多は言う。

「隣にいるチームメイトと楽しく話が出来るっていうスキルだよ。それをコミュニケーション能力と呼ぶ。よし、じゃあ次の質問だ。これからの社会で一番高く売れるものは何か分かるかい?」

 日頃考えない問いに選手たちの動きは止まる。

「アイデアだよ。新しい時代を切り開くためのアイデアこそが求められてるんだ。だからこそ、高校生のみんなはそのためのトレーニングをしなければならない。1人で考え込むよりも、チームで楽しく出し合う方が、斬新なアイデアが生まれやすいんだ。その手段として、コミュニケーション能力が十分に発揮される状態のことを、向津具学園では『チームワーク』と呼ぶことにする」

 選手たちは太多の連続攻撃に圧倒されつつも、返事をする。

「よし、じゃあ、そのためのアクティビティを1つ教えるぞ。30秒ミーティングってやつだ。30秒以内で話し合ってアイデアを出す。いいかい。じゃあ早速テーマを出すぞ」

 そう言って太多は円陣から一歩下がる。

「今日のトレーニングで大切にしたいことを話し合おう。じゃあ、スタート!」

 選手たちはすぐに集まり、話し合いを始める。30秒後に太多は「やめ」と言う。

「じゃあ神村君、言ってくれ」

「はい、積極的に行動するということです」

「オッケー、めちゃくちゃ大事なことだね。よし、今日のテーマは『積極的に行動する』ことだ、いいね?」

 選手たちは大きな返事をする。


 それから太多は体幹を鍛えるための新しいトレーニングを紹介する。足の裏の拇指球ぼしきゅうと腹筋を連動させた動きや、関節の可動域を広げるための動き、インナーマッスルを強化するための動的ストレッチと、段階的に進んでいく。

「いいかい、これは何のためにやってるんだろう?」

 途中そう投げかけると、選手たちは動きを止めて顔を見合わせる。

「30秒ミーティング!」

 選手たちは訓練された警察犬のようにさっと動き、円陣を作って話し合う。

 神村が代表して、『ずらすラグビー』と『シンキングラグビー』をするためです、と話し合いの結果を言うと、太多は低い声で返す。

「その通りだ。みんな、今の2つのスローガンを意識して練習してたかい?」

 選手たちは、そういえば大事なことを忘れていた、という表情を浮かべる。

「このスローガンを体現できれば、それだけで東萩高校にも周防高校にも勝てるんだ。『体幹』という言葉は知っていても、それをいかに使いこなすかということは、たぶんその2つの高校には入っていない。彼らは筋トレはしているけど、ボディコントロールの部分は個人に任せられている。だから、最後にチームとして統一したラグビーにはならない。いいかい、ボディコントールの基本こそ『ずらす』ことなんだ」

 そこまで話した後で太多は軽く咳払いする。そうして、一段と瞳に力を入れて、話を続ける。

「今話したことは、何もフィジカルだけのことじゃない。みんなは最初のミーティングで自分たちの強みと弱みを挙げたね。つまり、自分たちの強みを相手の弱みにぶつけることも『ずらす』ことなんだ。その具体策を考えるのがシンキングラグビーであり、もととなるのがチームワークなんだ。オッケー?」

「オッケーです」と三室戸は答え、あ、太多さんに対して馴れ馴れしかった、という顔を浮かべる。

「いいんだよ。グラウンドの中では上下関係なんてないよ。良いリアクションだった。三室戸君は今日の練習のテーマが頭に入っている。『積極的に行動する』だったね」


「確信したよ。強くなるよ、あいつら」

 新山口駅近くのレストランで、太多は唸るように言う。

「そうであればいいけど」

 三谷は氷の入ったグラスに口を付ける。身体を動かしたわけではないのに、疲労がずっしりと頭にのしかかる。

「確固とした個があるのがいい。いずれプレーとして現れるよ」

 鉄板に乗ったハンバーグが運ばれる。太多は手を合わせてから、ナイフで切り分けて口に入れる。熱そうだ。

「神村も浦もいいけど、個という意味では三室戸がいいね」

 太多の話を聞きながら、三谷はスープにそっと口を付ける。

「でも三室戸は、学校の教師からは叱られることが多いね」

「あのね、三谷、苦労をさせられた選手に限って、最後はやってくれるもんなんだよ」

 三谷のフォークを持つ手が止まる。

「勝つチームには共通点がある。何だと思う?」

「やっぱりチームワーク、かな?」

「いや、もっと特別な共通点があるんだ。『監督を男にしてやろうと選手全員が奮い立つチーム』が最後には勝つんだ。誰のためでもない、これまで指導してきた監督のために闘うというモチベーションは、チームワークに火を付ける」

 三谷は自分の学生時代のことに思いを馳せる。そういえばそうだったかもしれない。

「三室戸もきっと最後にはそうなるよ。今日の練習を見てると、あいつにはそういうポテンシャルを感じるね」

 三谷はキャリア部長の重岡から、三室戸に対する苦言をたびたび聞かされることを思い出す。授業中寝ているとか、制服のボタンが留まっていないとか、態度がでかいとか、そういうことだ。普段三室戸は三谷の前ではそういう仕草を見せない。だからこそ、重岡の逆鱗に触れてしまうのだ。

「ありがとう。三室戸を褒めてくれるのは、一成くらいだよ」

「そうか? みんな見る目がないだけじゃないのか?」

 太多は平然と言い、ライスをかき込む。

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