2017年のシーズン

22 ある女子高生の夢

 新しい年に突入した。

 三谷が向津具学園に来て迎える2度目の新年であり、いよいよ成果が問われる年が、静かに幕を開けた。


 福岡レッドドラゴンズは、7位という成績で2016年度のシーズンを終え、太多は2月から本格的に向津具学園の指導に入ることになった。

 これまで選手たちは太多が送付した体幹トレーニングのメニューと、パスとランニングスキルの基本練習を愚直に繰り返していた。

「順調やん」

 戦いを終えたばかりの太多は、ハスキーな声で満足げに言う。

「練習の動画も見せてもらったけど、こちらのイメージ通りに成長してるよ。さすが三谷先生だ。俺の言葉を理解して完璧に伝えてる。頭が下がるよ」

「そんなこともない。ただ俺は勝たせてやりたいだけだ」

 三谷はスマホを耳に当てたまま畳の上に横たわる。

「とりあえず近いうちに山口に行って、直接選手たちを見てみたいね。チームスローガンは『ずらすラグビー』と『シンキングラグビー』で意思統一できてるね?」

「できてるよ。毎日声に出してる」

「完璧だ。簡単なことのようだけど、トップリーグのチームでさえなかなかできない」

 太多にそう言われて、救われた気がする。

「『ずらすラグビー』を実現するためには、体幹が大事だ。身体の中で一番強い体幹を、相手の体幹からずらすことによって、効果的に前進することができる。向津具学園の選手を見ても『ずらすラグビー』はよくマッチしているよ。計画通り、当面はトレーニングをさらに進化させていく。俺がそっちに行って最初にやるのは、まずそこだね」

「オッケー。でも、4月の試合はそれだけで戦えるのか? 実戦を想定した練習はしなくていいのかな」

「その試合までにメンバーが15人揃うのか?」

「あと2人足りないから、7人制での出場を考えているけど。やるからには勝って弾みをつけたいんだ」

「ちょっと待って。花園予選とは直接関係ないゲームに気を取られることで、計画がぶれないか? 実戦力の向上は7月から9月にかけて組んでいるから、今は試合にこだわる時期じゃないだろう」

「つまり、7人制は辞退したほうがいいと?」

「いや、辞退する必要はない。これまで練習してきたパスとランの習得度合を実戦で確認すればいいだけの話だ。いいかい、三谷、目標を見失っちゃいけないよ。基本を体得して個の力を上げることがラグビーにとってはどれほど大事か、お前もよく分かってるはずだ。この時期にやらなきゃいけないのは、そこだ。ぶれそうになったら計画表に戻ってくれ。何のための計画かというと、それは、ぶれないためなんだ!」


 太多は2月11日に中央ラグビー場で行われる県の新人戦の後で直接指導してくれることになった。

 この大会は7人制の試合がないため向高は出場できないが、多忙な太多にとっては、長門まで行くよりも新幹線が停車する山口市の方が来やすいし、時間も有効に使えるわけだ。

 逆に13人の選手とマネージャーは、保護者の車に分乗して学校から1時間30分離れた中央ラグビー場に集結することになった。遠いから希望者のみの参加としたが、選手たちの熱意で、全員が指導を受けることになった。

 ちなみに、帯同したマネージャーとは、以前、三谷に進路の相談をしてきた蒔田あゆみだ。彼女は去年の夏に、前のマネージャー6名が引退した後、志願して入部していた。

「勉強だけっていうのもつらいですし、頑張っている選手たちの力になりたいので」

 蒔田はその言葉通り、献身的にチームをサポートしてきた。

 引退した6人のマネージャーの中でも、双子みたいによく似たあの2人は、しっかりと引き継ぎをしてくれた。蒔田が水を汲む姿も、コップを洗う姿も、2人の存在を色濃く映し出しているかのようだ。

 2人とも、広島の同じ大学の同じ学部に入学していった。


 車から降りた蒔田は、両肩に荷物を抱えながら、選手たちと一緒に観客席に座った。グラウンド上では、黒のジャージの周防高校と、ブルーのジャージの東萩高校が決勝を戦っている。

 試合のない向津具学園の選手たちがどうして練習する格好でここに現れたのか、不思議な顔をする観客もいる。

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