19 友情こそが最強のコネクションだ

 神村がキャプテンになってからというもの、目に見えてチームはまとまってきた。

 河上屋に誘われて所属していたバスケのチームにさっさと見切りを付け、ラグビー中心の学校生活となり、言葉よりもその姿勢でチームを引っ張った。

 練習を休む者もいなくなったし、全体練習後の自主練も盛り上がっている。試験週間には皆で勉強会も開き、欠点を取る者も激減した。

 自分の思い描く通りの部になりつつあるという手応えを三谷は得ている。だからこそ、試合で勝たせてやりたいのだが、今年はメンバーが揃わなかったために練習試合すら出来なかった。

 それゆえ、初の15人制の公式戦が、11月の花園予選ということになった。しかも1回戦で東萩高校とのクジを引いた。


 対戦の日、中央ラグビー場には試合前から多くの観客の姿があった。昨年の準決勝の再戦という期待感があるのだ。

 去年新調した朱色のユニフォームを着た選手たちを見ると、あの日の興奮がたちまち蘇ってくる。相手も去年と同じ、鮮やかなブルーのジャージを着ている。

「いけるでしょ」

 試合開始前、宇田島が声をかけてくる。

「神村と浦と三室戸の力で、トライは取れますよ。あとは1年生の10人がどれだけビビらんでディフェンスを頑張るかや」

 三谷は黙ってうなずく。

 曇り空から差し込む弱い光がグラウンドに注ぎ込んでいるさまを呆然と眺めると、昨年のリベンジマッチであることが強く意識される。


 キックオフのホイッスルが鳴り、観客席からは期待の拍手がわき起こる。

 ところが、それはすぐに沈黙へと変わる。この試合にかける東萩高校の意気込みは並々ならぬものがあった。

 開始早々、FWの選手たちがブルドーザーのように突進し、一気にゴール前まで迫る。三室戸を中心に必死にタックルをするが、3年生主体の東萩高校の勢いを止めるのは簡単ではない。テンパってしまった1年生の反則もあり、2分もたたないうちにいきなりトライを奪われてしまう。

 ベンチに座っていても相手の圧力がひしひしと伝わってくる。いったいどうやってディフェンスするのか、対策の立てようがないほどだ。

 BKSに神村と浦がいるためか、東萩高校はあえてそこを攻めず、執拗にFWで攻勢をかけてくる。1年生主体の向高FWは、まるで闘牛士のように、いとも簡単に突破を許してしまう。

 前半が終わった時点で0対37。

 ハーフタイムに戻ってきた選手たちには覇気がなく、三谷も「とにかく1本トライを取ろう」という声以外、かけるべき修正点が見つからない。


 後半も相手の勢いを止めることができず、結局0対75という大差でノーサイドのホイッスルを聞く。全く見せ場を作れぬまま、圧倒されっぱなしの60分だった。観客席のため息が晩秋の冷たい風に流されていった。

 何より恐れたのは、選手たちが自信喪失に陥らないかということだった。それで、自分の感情が高ぶっている試合終了直後には、あえて選手たちに言葉をかけなかった。余計なことを言いかねないからだ。


 学校で選手たちと別れ、自分のアパートに戻った途端、鉛のような悔しさが両肩にのしかかってくる。

 すべてが甘かったのだ。

 三谷はこたつのテーブルを思いっきり叩く。涙がとめどなく流れてくる。これまでラグビーをしてきて、こんなにも悔しく、そしてこんなにも虚しい思いをしたことなどない。


「それは、つらかったね」

 奈緒美の声を聞いても心は安まらない。

「俺なりに今年は力を入れたはずなんだ。3年生のこともきっぱり諦めたし、新チームになって練習もきちんとしたし、みんな真面目にラグビーに打ち込んだ。ほんとにいいチームになったんだ。だからこそ、去年よりもボコボコにされたことがたまらなく悔しいんだ」

「でも、部員が足りなかったんでしょ?」

「最終的には3年生が2人戻ってきてくれて15人になったよ」

「その3年生って、秋まで練習に来なかったわけでしょ。勝つことを求めるのはハードルが高すぎるわよ。1・2年生主体のチームで、選手たちはよく頑張ったんじゃないかしら。1年生なんて、ラグビーを始めてから何ヶ月しか経ってないんだから、健闘したと私は思うけど」

 たしかに奈緒美の言うとおりなのだ。それでも、試合のシーンを思い出すと、悔し涙がこぼれてくる。

「来年、頑張って。タロウさんはそこに照準を合わせてきたんだから」

「ありがとう」

 奈緒美はふっと笑う。

「ねえねえ、ということは、もう今年の試合は終わったんでしょ? だったら、クリスマスにこっちに来ない? たまには東京で会いましょうよ。気分転換に」

「そうだな。これまでラグビーばかりだったから、美味いものでも食べるのもいいかもな」

「来年は花園に行かなくちゃならないから、今年は東京ね」

 電話を切り、奈緒美の声が消滅すると、再び言いようもない屈辱感がこみ上げてくる。たまらず、冷蔵庫から缶に入ったウイスキーのハイボールを取り出し、それを飲む。カーテンの隙間には濃紺の闇が覗いている。

 今の悔しさの根源を治療したいと希求した時、今年の8月に北九州で行われた高校の同窓会のことが頭をよぎる。俺にはあの男がいる!


「お前の気持ちはよく分かったよ。そのうえで1つ聞くけど、チームとして、今日のゲームで何がしたかったんだ?」

 太多おおた一成いっせいはストーンウォッシュのジーンズのようにかすれた声で静かに聞いてくる。三谷は少し考えてから答える。

「うちには中心選手が3人いるんだ。だから、そいつらを生かす攻撃がしたかった」

 太多はそれについて少し考えた後で言う。

「よう分からんね。お前が、したかったんか」

「いや、だから、その3人を生かすサインプレーを何パターンか用意してたんだ。そこでトライを取るつもりだったんだよ」

 太多はさらに考え込む。どこから話せば良いのかを順序立てているようだ。

「じゃあもう1つ聞くけど、どうやって75点も取られたんだ?」

「FW戦でボコボコにされたんだ。相手はほとんどが3年生だったけど、うちのFWは8人中6人が1年生だったんだ」

「なるほどね。ただ、いくら1年生でも、きちんと対応すれば、そんなにボコボコにはならんだろう。結局そこなんだよ。チームとしてどんなプランで春から準備してきたか。FWが1年生主体だということが最初から分かっていたのなら、重点的にディフェンスを練習すればいいだけの話だ。集中と選択だよ。たとえば相手1人に対して2人で対応するとかね。そのためには強さも運動量も必要だから、そこに向けたトレーニングもいる。端的に言えば、そういう準備が計画されていたかどうかだ」

「たしかに、そこまでの準備は出来なかったな」

 社会人ラグビーの最高峰であるトップリーグのコーチの言葉に、三谷は言葉を詰まらせる。春先の3年生とのゴタゴタも思い起こされる。

「でも、来年はこんな思いをしたくないんだ」

「それでいいじゃん、ここからリスタートを切れば」

「ただ、余裕がないんだ。うちのラグビー部は来年花園に出られなければ財政難で廃部になるんだ」

「マジか」

「マジなんだ。それと、俺がラグビーから離れていた約10年の間で、ラグビーもずいぶん進化したんだろう?」

 8月の同窓会で太多が言っていたことだ。ここへきて、近代ラグビーの戦術は完成されつつあるのだ、と。

「だから、勝つために、何をどうすればいいのか、アドバイスしてほしいんだ。もちろん、お前が忙しいのはよく分かってるよ。決して無理は言わない」

「俺をアドバイザーにするとは、授業料高いぜ。ただ、俺たち社会人が今やらなきゃならないのは、じつは高校生の育成でもあるんだ。そういう意味ではウインウインの関係が築けるかもしれないね。ワールドカップの強豪国は皆それをやっていて、どんどん強化が進んでいる。それに、オレとお前には、友情があるからな」


 太多は高校時代、筑紫西高校のスタンドオフで、チームの司令塔だった。三谷はFWの最後尾で、試合中は常に連携を取り合った仲だ。

 三谷は大学入試センター試験を突破して国立大学に入学したのに対し、太多は地元の福岡産業大学でラグビー部に入った。だが、2年生の時、試合中に股関節の骨折という大けがをして、大学時代のラグビーでは成果を上げることはできなかった。

 それでも社会人ラグビーに入部し、持ち前の探究心とセンスで絶え間ない努力を重ね、トップリーグ福岡レッドドラゴンズの選手として遅咲きの活躍を果たした。昨年引退し、今年からはチームの副ヘッドコーチに就任している。

「ご存じの通り、今ちょうど俺たちはシーズン中なんだ。来週も試合があるから、なかなか時間が取れそうにない。ただ、もしお前が本気なら、できる限りの協力をするよ」

「俺は本気だ」

 太多は少し間を置いてから、分かった、と応える。

「なら、俺たちのシーズンが終わってから、お前の高校に行ってみるよ。ただ、その前に、やっておいてほしいことがあるから、それを今からすぐメールで送付する」

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