2016年のシーズン

18 アイデアはピンチの時にこそ生まれる

 ところが、思い描いた通りには進まないのが物事であり、人生だ。

 新キャプテンに任命された長谷部の表情が、どういうわけか日ごとに暗くなっていき、チームに波及し始めたのだ。

 ゴールデンウィークにおこなった初の合宿では、初日の練習が終わった後、脱いだヘッドキャップを思いっきりグラウンドに叩きつけた。どうやらそれは三谷への反抗心らしい。


 宿舎に入ってから、自室に呼んで話を聞くと、長谷部は力のない瞳でうつむき、黙ったまま座っている。

「最近お前の表情が良くないんだが、どうしたんだろう?」と三谷は聞く。

「べつに、そうでもないですよ」と長谷部は答える。

 人間的にもプレー的にも、河上屋とはタイプが違う長谷部は、強気な発言はしない。その分、表情に出るのだ。

「せっかく去年準決勝まで行ったんだ。今年が勝負じゃないのか?」

 長谷部は顔を横に向けて言う。

「先輩たちはすごかったですからね。でも俺たちにはあんな試合できないですよ」

「そんなことはない。何より経験があるじゃないか」

「いやいや、去年は完全に先輩たちの力ですよ。河上屋さんも、秋元さんもいたし。今年は春の試合も優勝できなかったじゃないですか」

 7人制で出場した4月の県大会は、1勝1敗で終わった。

「ひょっとして、6月に引退を考えているとか言わないでくれよ」

 三谷が本題に切り込むと、長谷部は耳元にぴくりと力を入れて返答する。

「俺は引退しますよ」

 古びた合宿所の部屋が一段と静けさを増す。

「それでいいのか? 東萩高校の試合が終わった後で、河上屋から思いを託されたんじゃないのか? しかもお前はキャプテンに選ばれたんだ」

「あの時先輩は、『べつに無理してラグビーしなくていい』って言ってくれました。『今年はどうせチーム力が落ちるから、無駄に苦労するのは見えている。6月で引退して勉強した方が自分のためだ』って」

「そんなバカな」

「いえ、ホントですよ。河上屋先輩の言うとおり、今年のチームは弱いですし。俺も勉強していい大学に入りたいですし」

 長谷部の心の扉は、河上屋よりも固く閉ざされている。


 予告通り、長谷部たち新3年生は6月の県大会を最後に、あっさり引退した。彼らは校舎内で三谷とすれ違っても挨拶すらせずに通り過ぎていった。

「ええんやないですかね。やる気がない奴等を無理に引っ張ったって、どうせうまくいきませんよ。そんなとこにエネルギーを使うよりは、今おる連中を鍛える方が得策ですわ」

 宇田島はケヤキの下のベンチに座ってそう言う。その言葉に三谷の心は慰められる。というのも、今のラグビー部には明るい材料があるのだ。

 まず3名の2年生の成長が著しい。神村は日ごとにスキルを上げ、2年生ながら、国体の山口県選抜メンバーに選ばれた。人間的なバランスの良さから、3年生が引退した後のキャプテンにも任命された。

 もっと驚きなのは、どことなく頼りなさげだったうら寛哲ひろさとが大ブレイクし、猛烈なタックルを習得した。元々俊足だったこともあり、攻撃面にも大きな自信をつけ、国体のメンバーはおろか、U16中国地区選抜チームの1次合宿にも招集されることとなった。

 三室戸は身長が183センチに伸び体重は90キロと全国レベルのサイズになり、FWの柱となった。大きな声と身体を張ったプレーで新チームのムードメーカーとして存在感を高めている。

 さらに三谷を喜ばせたのは、4月に10名もの新入部員が加入したことだった。彼らの中には昨年の東萩高校の試合を観戦して入部を決めた者もいて、すでに意識は高い。これで選手は1、2年生だけで13名。あと2人入部すれば花園予選に出場できる。

「でも、部員が入ってくることほど難しいものはないですね。こちら側の努力だけではどうしようもならないところがあります」

 三谷は言う。

「ま、ものは考えようでね、要するに来年、神村たちの代が花園に行けばええんやから、今年は勝ち負けよりも、とにかく経験をさせてやりたいですわな。せやから、引退した3年生の中で、早めに進路が決まった者に試合に出てもろうて、人数だけを確保すればええんちゃいますか」

 たしかに妙案だ。この人は、時に非常に柔軟なアイデアを出す。


 そしてその言葉通り、11月には、推薦入試を終えた堀と椋木むくのきと松浦の3名がチームに戻り、15人が揃った。

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