20 ずらすラグビー?

「今日から練習を完全に変えるぞ!」

 三谷が堂々と言い放った瞬間、惨敗のショックを引きずっていた選手たちは、小さな花が咲くように一斉に顔を上げる。

「昨日までは、準備期間だったんだ。今日からが向高ラグビーのほんとうの始まりだ。いいかい、これからトップリーグのコーチの指導が入るぞ。もちろん、みんなのための特別な指導だ」

 最前列に座っている神村と浦と三室戸は、驚きに満ちた表情で目を輝かせる。


「まず、三谷監督が選手たちに対して明確なビジョンを語ること。自信に満ちた、敵なしの表情で生徒を圧倒することだ。『これから君たちには最高峰の指導が入る。他の高校では絶対にありえない指導だ。この1年、トップリーグの選手やコーチが君たちの強化のために全面協力をする。順調にいけば、東萩高校や周防高校は君たちの敵ではなくなる』ということを、何の迷いもなく、企業の経営者になった気分で、大風呂敷を広げても構わないから、とにかく選手たちをうっとりさせてほしいんだ」


 三谷は太多がメールに記してくれた内容を心に刻み込ながら演説する。選手たちの顔には希望の表情があらわれだす。どうやって選手を慰めようかと迷っていた昨日の自分が、まるでウソのようだ。

「先生、今の話は本当ですか?」

 たまらず三室戸が声を上げる。

「もちろん本当だ。福岡レッドドラゴンズの副ヘッドコーチが、高校のチームメイトなんだよ。トップリーグ界では高校生の育成も課題だから、そういうことも兼ねて年間を通じて計画的に指導してくれることで合意したんだ」

「すごくないですか」と三室戸は息を呑む。

「すごいことだよ。これまで明言こそしてこなかったけど、最初からそういう計画だったんだ。だから、東萩高校の試合のことも想定内だったし、全く気にすることはない。1つの大切な経験だよ」

 はったりをきかせた言葉に、選手たちから敗戦のショックは完全に消滅する。

「だから今日は、昨日の試合の動画は見ない。見る必要がない。それよりもやらなければならないことは、新しいチーム目標を設定することだ」


 グループごとになるように席を移動させ、各班にプリントを配布する。すべてが太多の指示通りだ。を明確にしよう。太多が送付してきた最初のワークシートには、特太ゴシックの文字でそう書かれている。

 選手たちが考えをまとめるのに、1分とかからない。

「1年以内に東萩高校と周防高校を倒し、花園に出場する」

 神村は黒の油性ペンで力強く記す。

「分かった。じゃあ俺も、みんながこの目標を達成するために全力を尽くすよ」

 三谷はそう言いながら、マジシャンのように次のプリントを配布する。

「東萩高校と周防高校の強みと弱みを書いてくれ。それが終われば、今度は向高の強みと弱みを書いてほしい」

 選手たちは顔を近づけて話し合いながら考えをまとめる。


〇東萩高校の強み

 ・部員数が多く毎日試合形式の練習が出来る

 ・センター試験を受ける人がほぼいないのでラグビーだけに打ち込める

〇東萩高校の弱み

 ・力で押してくるが攻撃がワンパターン

 ・ディフェンスもひたすら前に出てくるだけのワンパターン(ただし出足は鋭い)


〇周防高校の強み

 ・文武両道をめざしていて選手の能力が高い

 ・組織として統率が取れていてそつのない攻撃を仕掛けてくる

〇周防高校の弱み

 ・おそらく練習時間は短い

 ・完成度の高いラグビーをするが、春から花園予選まではたぶん大きくは伸びない


〇向高の強み

 ・考えたラグビーができる

 ・人数は少ないがチームワークは抜群

 ・新3年生のスキルが高い

〇向高の弱み

 ・新2年生の割合が多く経験が少ない

 ・部員が少なく練習試合が組めない

 ・身体が大きい選手が少ない


 選手たちが記したワークシートと東萩高校戦の動画を太多に送付したところ、さっそくメールが返ってくる。


 試合見ました。結論から言うと、向津具学園は、思った以上に個の力があり、伸びしろ大です! 

 三谷がイチ押しの3人(3三室戸、10神村、13浦)はたしかにセンスがありますね。三室戸は身体が大きいのにボディコントロールができるし、神村は冷静です。攻撃のバリエーションを理解すればよりプレーの幅が広がるはずです。浦は代表選手に選ばれただけあって、プレーにゆとりがあります。タックルも魅力だしスピードも最高!

 この3人に加えて評価できるのは、6白石と8藤山です。白石はかなりカバーディフェンスに入っています。目立たないけどこういう選手の貢献度は高いです。藤山は密集でボールに良く絡んでいます。いくつか相手ボールをターンオーバーしてマイボールにする場面も見られました。

 FWが弱いという話だったけど、実はFWは健闘しています。

 この試合の敗因をシンプルに言えば、ラグビー観の問題です。つまり、向津具学園は、チームとしてどんなラグビーをするのかの共通認識ができていません。むやみに激突するだけのラグビーになっています。

 夏に言ったとおり、この10年でラグビーは進化しました。俺たちが高校生の頃は、激突するラグビーが流行っていたけど、今は違います。最先端は、です。たとえば、相手がいる所に激突するのと、いない所にずらすのでは、どっちが前進できますか? 

 強みと弱みのシートも確認しました。『考えたラグビーができる』と自己認識している点に感心しました。指導者のラグビーを押しつけても選手は伸びません。楽しくないと強くなりません。

 以上を総合すると、今年の向津具学園高校が目指すラグビーは、『ずらすラグビー』と『シンキングラグビー』です。

 それらを実現するためにチームワークを作り上げます。これについては1年かけて教材を準備するので今すぐというわけにはいきません。だから、まず先述した2つのラグビーを目指すということを、早急に選手たちに共通理解させてください!

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