14 アクティブラーニング

 三谷の考える教育のイノベーションとは、何よりも授業改革で、楽しくなければ成績は伸びないという持論の体系化だ。授業における楽しさとは、何もワイワイガヤガヤすることではない。むしろそういう授業はそのうち退屈になり、最悪の場合授業料を返せと言われかねない。

 授業における本物の楽しさを構成する要素は、次の3つに整理できる。

① 生徒が主体的に学べること

② 他の生徒と協働して問題解決できること

③ インプットした学習内容をアウトプットする場があること 


 この実現のために「アクティブ・ラーニング」と呼ばれる手法を採っている。教師が教卓に立ち、黒板と教科書を使って授業するという従来のやり方から発想を転換し、生徒自らが教材を研究し、前に出て授業をするのだ。

 グループワークやプレゼンテーションを採り入れた方が、生徒のモチベーションが高くなることに気づいたのは、初任の茨城の高校だった。

 たとえば、いきなり難問を生徒にぶつける。1人では諦めてしまうことも、グループで力を合わせるといろいろなアイデアが生まれる。そうして生徒たちは、問題を解くためのプロセスを自らつかんでいく。

 ある時生徒が言った。

「三谷チャンの授業はアドベンチャーっぽくて面白おもろいわ」


 その授業手法はより進学指向の高い埼玉の高校で磨かれた。三谷は生徒たちと『源氏物語』の読解にチャレンジした。高校生にとって難解と言われるこの大作も、協働して探究しながら読解していくと、面白いほどに作品世界にはまり込むことができた。

 あらゆる情報をウエブサイト上で入手することが出来る時代になり、詳しく予習してくる生徒も増えた。プレゼンテーションのクオリティも格段に上がった。

 そのうち三谷は、後ろに座って授業に参加し、生徒と一緒になって、六条御息所ろくじょうのみやすどころや明石の君の心情を洞察するようになった。大学の文学ゼミとほとんど変わらないレベルだった。

 プレゼンを担当する生徒たちも、わかりやすく伝えようと工夫することで、自分たちの理解をより深めた。元々国公立大学への進学率は10%程度に過ぎなかったが、最後に担当した学年は30%近くにまで迫った。これこそが三谷の考える「楽しい」授業なのだ。

 キャリア教育部長の重岡が最初の会議で言い放ったように、近年は大学入試の不振が続くというこの向津具学園だが、生徒のポテンシャルの高さや、田舎の高校生ならではの素直さにより、三谷のやり方はすんなりと浸透していった。


 1学期の終わりに、2年生の蒔田まきたあゆみと古川桜ふるかわさくらが2人で訪ねてきた。

 狭い面談室のソファに腰掛けた蒔田あゆみは、きりっとした瞳を三谷に向けながら、最近進路について悩んでいるのだと打ち明けた。

「これまで私は工学部に入ってプログラミングをやりたかったんですが、先生の古典の授業を受けるようになってから、教師になりたいと思うようになったんです」

「つまり、理系の学部に行くか、文系の学部に行くかで迷っているということだね?ただ、君の場合は成績が安定してるから、もう少し後で決めても間に合うと思うけどね」

 蒔田は人一倍努力家でもある。

「私としては、どっちかに決めときたいんです。目標がはっきりしていた方が、モチベーションが上がるから。三谷先生が授業でよく言われることですよね。だから、古典の教師になりたい私のことを先生がどう思われるか、それが聞きたくて」

「分かった。大前提は、君がやりたいことをやるべきだと思うよ。好きこそものの上手なれ、というように、モチベーションの源はやってみたいという意欲だからね。だから、まずは、本当に教師にのかどうか、よくよく自分に問いかけてみることだろうね」

「じゃあ、教師のやりがいって何ですか?」

 蒔田あゆみは唇を噛みしめる。

「君のような優秀な生徒と出会えることだよ」

「私は全然優秀じゃないです。それより、大変じゃないですか?」

「そりゃ、大変だよ。っていうか、どんな仕事でも真剣にやれば必ず、自分の器に応じた壁にぶつかるもんだ」

 三谷は蒔田に語ると同時に、現在の自分に向けて語っているような気がする。

「その厳しい状況で、もう1歩前に出ようとするか、それとも、諦めてしまうかで、職業人としての人生が決まるんだよ。特に高校教師は、多感な時期の生徒と関わるわけだから、思い通りにならないことの方が圧倒的に多いよ。生徒に騙されたり裏切られたりして何度も絶望感を抱くことになる。でもね、たとえば99%が苦しみとして、最後に1%の喜びが待っているとするだろ、その1%が教師にとっての100%になるんだ。意味分かる?」

 蒔田あゆみはつぼみが開くようにゆっくりと笑みを浮かべ、何となく分かります、と答える。隣にいる古川も頷いている。


 2人が面談室を出て行った後、三谷は1人でソファに座り直して思う。こんなにも純粋な生徒には、これまで出会ったことはなかったなと。

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