寿司コンが人生を百倍充実したものに変える物語

RAY

寿司コンが人生を百倍充実したものに変える物語


 結衣ゆいが濡れた髪を拭きながらリビングの扉を開けると、弟のたくがスマホの画面とをしていた。


「拓、どうかした?」


 ドレスシャツを素肌にまとった結衣は拓の隣に腰を下ろすと、スラリと伸びた細い足を組んでスマホの画面を覗き込む。


「――あっ、結衣姉ゆいねえ


 シャンプーの甘い香りに導かれるように顔を向ける拓。シャツの胸元から覗く、ふくよかな谷間に心臓がドクンと音を立てる。


「カクヨム……寿司小説……コンテスト?」


 前髪を掻き上げると、結衣はおでこを出すようにバスタオルを頭に巻きつける。


「寿司を題材にしたコンテストが開かれてるの」


「へぇ~そうなんだ。拓が書くとしたら――異世界のお寿司屋さんの話かな?」


 結衣が口角を上げて笑うと、拓ははにかんだような顔をする。


 拓は中学二年生の文芸部員。異世界物を書くのが好きで、書いたものはいつも大学の文学部に通う結衣に見てもらっていた。


「でも、どうして難しい顔してたの?」


 結衣が尋ねると、拓は小さくため息をつく。


「カップルが寿司屋に行く話を書こうと思ったんだけど……」


「――だけど?」


「全然イメージがわかなくて……デートなんかしたことないし……」


「困っちゃった――ってわけね」


 結衣は「うんうん」と頷きながら両腕を拓の腕に絡ませると、息がかかるぐらいの距離に顔を近づける。


「連れて行ってあげようか? お寿司屋さん」


「えっ? 結衣姉ゆいねえが?」


 拓の顔に驚きと喜びがいっしょになったような表情が浮かぶ。


「デートの相手がこんな年増でいいなら――だけどね」


「い、いいに決まってるよ! 僕、結衣姉ゆいねえとじゃないと行かないよ!」


 思わず声を荒らげる拓。結衣の大きな目が優しく見つめている。

 拓は心に誓った――「結衣姉ゆいねえのために絶対に寿司コンで優勝する」と。


 ここに一つの物語が始まる。

 寿司コンに挑むシスコンの語る寿司……いや、精神浄化カタルシスの物語が。


 そのとき、シスコンの人生は百倍充実したものへと変わった――ような気がした。


 RAY

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