皿、廻る恋

monae

本編

 彼女は自らを孤高の女だと信じていたし、また実際に他者に対してもそう振る舞うようあえて心がけてきた。いかなるときも決して立ち止まらず進み続けることこそが己の存在を己たらしめるのだと考えていた。だがその娘に出会った瞬間、彼女は身体がすっと切り裂かれるような、冷たく鋭い未知の感覚を味わった。必死に保っていた虚像の肉体が、娘の目の前でもろくも一枚ずつ薄く剥がされていくようだった。彼女がその紅潮した柔肌を運命の相手にさらすまでに、そう長い時間はかからなかった。蛍光の灯に照り返すだらしのない脂肪をひそかに心の内で恥じたものの、ある種の人間の瞳にはその豊穣さがたまらない魅力として映ることも、彼女は知っていた。


 いっぽう娘はこれまでただつつましやかに生きていた自分の生が、かくも粗野なやりかたで千々に乱されるとは、まったく想像だにしていなかった。乱暴にその指先で触れられるたび、細胞の一粒一粒がばらばらにほつれるような不安定な充足が全身を満たした。酸味を帯びた糖蜜が白肌をしとどに濡らし、真珠のように淡くつやめかせた。凍える大気に霧のごとく白く曇る息を吐きながら、己はこんなにもふしだらな女であったのかと、娘は深く自問した。だがそのわずかな余裕すらも彼女の前では儚く失われていき、堅くこわばりかけた形状をどうにか保つことだけに精一杯になっていた。


 そしてふたりは溶け合うようにそっと抱擁を交わした。なにか人知を超えた大いなる存在が、ふたりを優しく手のひらで包み込んでいるように錯覚した。ふたりの間にわだかまるひとかけらの寂びすらも愛おしいと思えた。体重をあずけて横たわり、大河を漂う小船のように流されるがまま、冷え切った互いの体温が移り合うことが、何よりの幸せだった。


 この幸福な瞬間が永遠に続けばいいと、ふたりはそう考えていた。


 俺は、このまま乾いたら不味くなると思ったので、とっとと醤油にひたして、一口で食べた。

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