第5話

イスラエルという国は、十八才になると、なんと兵役、つまり軍隊に入らなくてはいけない国だそうです。男三年、女は二十一ヶ月。最低六ヵ月の訓練の後に前線配置!戦争へゴーですと。

ふと見たジェニー、その友達のジェシカ、二人ともセクシー・ダイナマイトなんですが服を脱いだら、驚くほど均整のとれた、女も見とれるいい身体、いい筋肉です。

アラビアの真っ只中にいるユダヤ人国家、それがイスラエル。

第二次世界大戦終了後、パレスチナから領土を取った取らない、返せ返さないでいつでも戦争、日常茶飯事の爆弾テロ、いつでもユダヤはアラブ諸国の目の敵って、彼女は笑って説明してくれました。

パレスチナ問題も解決の目処立たず、湾岸戦争時もイラクから何発もミサイルが飛んできた国ですから、イスラム対ユダヤ、いつでもの臨戦体制、準備万端。それを支える国民は兵役で義務を果たすそうです。

ジェシカとジェニーの二人は、五ヵ月の基礎訓練、空手に機関銃。半年後、配属。

ジェシカは科学兵器部隊。

いつでもボタンひとつで、一撃三千人殺傷、とっても強力なガスいっぱいのミサイルを発射できる人だったそうです。場所は超キナ臭いレバノン国境って言ってました。

ジェニーといえば、諜報情報部。

いわゆる〇〇七みたいなカンジ?と聞いたら、もっと有能で有名な秘密情報組織モサド、って誇らしげに答えて、彼女はモサドの外部組織の逆スパイ活動を取り締まる情報の管理をする部隊だったと自慢しておりました。

「拳銃とか、撃った事ある?」

と私が聞いたら、

「ウン、もちろん、人も撃ったよ」

などと平気で言い放つ変わった女の子達でした。


素朴な疑問で、なんでこんな異国の娘たちが、ここ六本木にいるのか?

イスラエルでは、規定の兵役二~三年が終わると一年間のボーナス休暇がもらえるそうです。

厳しい兵役終了の国からのご褒美で「若者よ、世界の見分広めよ!」ということで、いくばくかの退職金と休暇のナイスなシステムです。

原宿なんかでアクセサリー売っている外人のなかで怪しいアラブ人にまじってイスラエル人もよくいるそうです。東京の街角で、むずかしく言えば政治の壁を越えた、うるわしき呉越同舟。世界情勢は複雑です。

「軍隊にいた二年間、楽しかった?」

私は、ジェニーに一度聞きましたす。

そうしたら、ジェニーが言いました。

「楽しいわけないよ、辛かったよ。でも、終わって開放された時は、そりゃ人生最大の喜びを感じたわ!そう、この喜びのために軍隊ってものがあるんだってくらい」

なるほど。ふたりで、話した結論、辛ければ、辛いほど、その時間が終わった時、やり遂げた時開放感の幸せ、いろいろ自信になるよってことでした。


ランパブで、オッパイぽろりで、スケベなお客にコビ売ってサービス、フル操業で借金返して一息ついて、今じゃ外人相手にヘラヘラ、チャラチャラ。

気がつけば、もう、メイクの勉強を中断して六本木、夜の生活はや二年以上が経過していました。不安もありますが、でも、なんか最近、大きな自信がついた気もします。


フラミンゴ勤め+英語猛練の四ヶ月が経過して頃でしょうか、朝の目覚めで驚きました。

もうすぐ秋の本番、といっても春みたいな気候です。窓から見える空が妙に高く眩しく。そんな爽やかな朝、突然の変化が襲ってきたのです。

「アメリカ、ニューヨーク市場、利下げの影響で株価一万七千ドル台割れ。運輸局がトヨタをリコール隠しで提訴、法廷で和解か。ジュリアーニ元ニューヨーク市長が大統領選出馬?等々」

寝ぼけ眼に、ラジオから流れる英語の海外ニュースを理解する自分に驚いて飛び起きました。

私、英語が解るんです。もちろん、全部とはいいませんが。

これインターFMのニュース、つまり英語、理解は突然やってきました。続いて、ロシアから、プーチンがロシア・サッカー代表をクレムリンに招待したそうです。

私、英語、突然、理解、驚愕。

すぐにジェニーに電話しました。

「英語とセックスはそんなもんね。ある日突然うまくなるんだよ、そうだよ、セックスと一緒だよ・・・いや、セックスはちょっと違うか。まぁ、なかなか、上手くならないじゃない英語って、日本語だっていっしょだけど。飽きちゃって、投げ出しちゃう子が普通、それで終わりね。でも、美紀ちゃんみたいにしつこい子、がんばっている子は大丈夫なのよ、OKね。だけど、また、すぐに壁ね。すぐには、また上達できないね。また辛抱、でも、また突然ステップアップね」

彼女が言いますが、

「え、私、そうなのか」

って、なんかとっても嬉しい気分です。



人生は焦っちゃいけないこと、ちゃんと分かっております。

でも、人間は誰でも「負」を背負って生きています。人には言えない、苦労と経験。

上京して会社に騙され、キャバクラで神崎よし子に詐欺され、ランパブで体を張って借金返して、今では外人ストリップ・バーの人気者。

これでは、親が聞いたら、嘆き悲しむのはしょうがないでしょう。

もちろん、今でも、親は学校に行きながらメイクの修行を続けているとは思っていますが、嘘も三年、後ろめたさはありませんが、嘘をつけ続けるのには疲れました、正直なところ。それに、私、のんびり夢を見るほどは若くない事、最近実感しています。

イスラエル娘ジェニーとの別れがそんな気持ちを強くしたのかもしれません。


いつも私を元気と勇気をくれた彼女が観光ビザ半年の期限が訪れ、タイに向けて出発。そんな彼女を送りに行った成田空港出国ゲートのお別れ、彼女は私を抱きしめながら言いました、

「あんまり、気負っちゃだめよ。美紀。人間は、強さと、優しさ、計画性ね。でも、一番大切なのはセクシーとチャレンジ。忘れちゃだめよ!」

「うん・・・ありがと」

もちろん、涙、涙、

「ダイジョウブ、美紀なら頑張れるよ」

なんか、本当にしっかりしている二十二才のセクシー娘とのお別れです。

「絶対、また会おうね」

と最後は笑顔で爽やかにバイバイです。

こんな六本木に生活の中でも、一生忘れることのできない友達を得たこと、この嬉しい思い出が、別れの悲しさを通り越して本当に爽やかでした。


「私の六本木の二年半、これが私の軍隊生活と思えば悪くない」

そう思えば辛く厳しい六本木を自分の中で正当化できる、けっして無駄な時間は過ごしていないと。私の兵役もやっと終わりに、除隊の時来たる!です。



私の東京はいろいろありました。これも、私のこれからの人生を歩むためベース作りと考えて、今までの人生を肯定し、ポジティブに自分を勇気づけました。

今があるから、明日も始まるのです。

とにかく「がんばった」という充実感は、後ろ向きの後悔よりも明日から力強く生きる、自信とパワーの源になっていきます。


決めたんです、三年間の予定、日本から脱出です。

今日が最後のフラミンゴ。

中岡さんが大きなバラの花束とドンペリを二本プレゼントしてくれました。スマイル時代、アムウェイ詐欺のお友達、真弓ちゃんと小雪ちゃんも来てくれました。

夜の六本木の水商売は辛い思い出ばかり・・・私は別にランパブ生活になんか絶対戻りたくない、フラミンゴのホステスだってもうたくさんって気分、もう卒業です。


でも私はとっても寂しく、心が痛みます。どうしてなんでしょうか・・・

夢をこの手でつかむ心意気、アメリカ留学、目標に向かってまっしぐらです。楽しいはずなのに、なんか、私はとっても切ない。

胸がキュンとする、私は不思議な気分でした。



一週間後。成田空港 午後六時。

今日は夕日がやけにキレイ。七時二五分発、日本航空六四便でロサンゼルスへ出発です。

私は、ボーディング・パスをカウンターで受け取り、荷物を二つチェックインしました。


マンションで整理した荷物、三分の一は実家へ。三分の一は捨てて、残りはお気に入りのTシャツ、ジーンズ類なんかをパッキング。ロスは暖かいので、あまりお洒落も必要ないかと思いましたが、もしもに備えて一着だけのシャネルを持っていくことにしました。


ロスへ着いたら、ウエストウッドのホテルへ、それからすぐにアパート探し。

UCLA近くのウィルシャー・インター・メークアップ・アーチスト・カレッジへ入ります。

学校は三時に終わるので、四時からロスではけっこう有名なバールマン・スタジオっていう映画専門のメークアップ・スタジオでアルバイトもすでにOKレターを貰っています。

我ながら完璧な計画と段取りです。

私も、ずいぶん大人になったもんだと自画自賛です。

もちろん人生、油断大敵なこと、肝に命じてわかっております。


滑走路の向こうに、大きな夕日が落ちていきます。

当分、見ることのないニッポンの夕日です。

胸に日の丸、

大和撫子ひとり、

ぜんぶの日本を背負って立つ心意気でゲートに向かいました。

なぜかの涙をこらえつつ、やってやるぞと勇ましく、美しく。

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夢は捨てずに花束を 高橋パイン @beach69

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