第4話
初めての海外旅行に気持ちは盛り上がっておりました。
良い事が全くと言ってなかった、ここ数年間の私です。この旅行を転機に私の最悪の厄が明けてくれればと一応、成田山に寄って空港から太平洋を渡りました。
ロスもニューヨークもとっても新鮮で、楽しく過ごすことができました。もちろん内藤さんのお友達の親切なエスコートのおかげです。
私の職業は、メイクアップ・アーチストの卵、修行中の女の子という設定になっていました。内藤さんが気をつかってランパブのホステスという本職を隠してくれていたようです。
私はもう、気にしてもしょうがないと開き直っていますが、相手の方々が「お相手はランパブ嬢!」と告げられると少々刺激がありすぎるとの内藤さんのご配慮ですか。
アメリカ滞在中、私は決めました。
私の夢は、こうなったらもう本場ハリウッドでメイクアップ・アーチストへの階段を登りつめる事。アメリカで今までの遅れを一気に挽回することが今までの私の人生、経験を肯定する生き方だと。
しかし、大志を抱くのは大いに結構な話なんですが・・・同時に、ここアメリカで私自身の大きな問題を発見してしまいました。
私は高校時代、英語好きの成績優秀、試しに受けたTOEFLでも奇跡の五百四点を記録したウチの高校自慢の英語少女だったのです。が、私の英語、通じませんでした。
希望的観測、行く前はせめてもう少しは通じるんじゃないかと思っていました。
ホットドックスタンドでコーラを頼めばコーンが出てくるし、マクドナルドはどこですかって聞いても誰にも言葉通じず、教えてもらえません。
思わず、ハンディキャップ用のトイレを利用したくなるヘレンケラーの心境でした。英語が通じなければアメリカで勉強なんてたんなる誇大妄想、実現不可能な夢物語です。
これまた厳しい現実に直面したアメリカ旅行でもありました。
★
日本に帰ってきて、さっそく英語上達の近道探しです。
当たり前のことですが、英語は出来ないより、できた方が絶対いいにきまっているでしょう。不幸にも、中学高校の英語の授業は、悲しいかなこの現実、全く役にはたっておりません。
そうだ、安易に駅前留学かっていっても、店の女の子、それに十人以上のお客さんの実態調査、駅前留学していた人でちゃんと喋れる人は余りいないみたいなので、私には時間無しゆえ、英会話学校はお金と時間の無駄の判断です。
さて、どうするか。
私の結論は、外人ストリップ・バーのホステスにトラバーユ決定です。
決めたお店は星条旗通リを防衛庁から少し入った「フラミンゴ」という名前の地下一階。外人バーで英語のお勉強と留学費用捻出の一石二鳥という事にしました。
時給は最初の一ヶ月は四千五百円ということで手を打ちまた。
ここでは「裸」の必要はありません。
でも、髭のマネージャーさんができるだけ、セクシーな自前の衣装、自慢のお胸の目立つヤツでとお願いはされました。その方が指名を取れるのでホステスはお得、指名料は百%女の子、でもドリンクは百%お店の取りって条件。
ちなみに、指名料は二千円です。
そんなに悪い条件ではないのですが、気をつけなくてはいけない「日常」も結構転がっていますから、もちろん、ここでも油断は大敵です。
「マリファナからスピード、コカインまでドラッグはまり系の外人ホステス、ダンサー達が多いので注意した方がいいよ。もし、キミがお金儲けのためにちゃんと、ここで勤め上げるんだったらね」
マイク・タイソンも顔負けの非情な悪人顔、でも、実際はやさしくて、面倒見の良い、入口に立つ用心棒の太った黒人さんが教えてくれました。
この黒人の名前はリック、奥さんは日本人でイラストレーターをしているそうです。リックは恐ろしいほど奥様に従順で完全にお尻に引かれているという、メチャ優しいアメリカ人でした。人は見かけによりません。
リックの親切な忠告には、
「私は大丈夫よ、サンキュー、リック」
って言っておきました。
実際、私はあんまりドラッグとかは好きではありません。それは、中学の時、友達と好奇心でシンナーをやって、気持ちが悪くて悪くて一週間吐き続けた思い出と、去年、同じクラブで働いていた子が覚せい剤中毒でポックリ死んでしまって哀れな姿を見ているからです。
お店の方はと言えば、この不況の最中でも、とっても混んでいます。
幸い、といったら申し訳ないですが、ニッポン不況、アメリカ経済の底力のおかげか、お客さんの三分の二以上はアメリカ人のビジネスマンです。
予定通りの学習効果が期待でき嬉しい限り、職業もいろいろ、証券会社、銀行、コンピューターとなかなかの社会勉強ができます。景気のいいアメリカ人はもちろん英語の勉強もさせてくれますが、日本人と違ってチップの払いが豪快、特に酔っ払うとグレートです。
このお店、働いている女の子も多彩で、アメリカ、カナダ、オーストラリア、イギリスに、コロンビア、コスタリカ、スペイン、イスラエルに日本人が十%ぐらいのちょっと見、どこの国のバーだかわからない無国籍状態です。
その中でも、一番仲良くなったのが、イスラエル人のジェニーでした。
彼女に一生懸命に英語を教えて欲しい、欲しいとお願いしました。
もちろん彼女OKでしたが、条件があり、彼女は彼女で日本語を勉強したいわけで、条件フィフティ。今日は日本語、明日は英語と一回おきの日替わり語学レッスンならOKよって、めでたく契約成立となりました。
でも、時間も勝負な私は悠長にはしてられません。そこで私は渋谷のベルリッツ、駐在員奥様向け生活実践英会話教室にも通うことにしました。三人のグループレッスン。先生と一対一のプライベート・クラスが良かったのですがお金が高く諦めました。
一週間に三回から四回、一回二時間の超ハードです、私にとっては。
と、いうわけで私の初めての経験、自分でお金を払って勉強するなんて信じられない生活も始まり、予習復習、すっかり苦学生気分です。
夜の学習、ジェニーとのやりとり最初は苦労の連続。
基本的にはイスラエル人はヘブライ語が母国語、英語は第二外国語で子供の時はみんな苦手だった懐かしい思い出、だから、
「あなたは、よく英語ができない事を自分の子供の時と同じ」
と私の能力をよく理解、わかりやすく教えてくれます。
家にいる時のBGM、ラジオはインターFMにFEN。
読む本は子供向けで「熊のプーサン」に「星の王子様」は基礎単語と文法のお勉強、暇な時間は英語のフッション誌ながめたりして雰囲気外人気分を味わう努力はちゃんとしておりました。
こんなに勉強しているのは多分生まれて初めてです。自分で自分の肩をがんばれ、がんばれってトントン叩いてあげる毎日が続きました。
ジェニーも一生懸命です。
こんな彼女と初めて会ったのは、私がお店に出て二日目の日でした。
偶然、同じテーブルについて自己紹介のナイス・トゥ・ミーチュー。
お客さん、この時は日本人の中岡さん。ラフな格好、どっかのチンピラオヤジと思ったら建設資材の会社の若社長さんでした。後で聞いたら木更津の砂利採掘山のオーナーでもありましたが。
中岡さんは前からのジェニーのお客さんで、彼女を指名していましたが、人気者の彼女が少々の多忙につき、しばし私が相手をしていました。いわゆる、ヘルプってやつです。
「僕は外人あんまり好きじゃない、やっぱり日本人だよね」
何て言っていたわりには、ジェニーが来たら中岡さんは目じり下がってハグハグ。まぁ男なんてこんなもんです。
初対面のジェニーと私。そこに中岡さんが間に立って、それぞれホステス二人の紹介と場を盛り上げてくれます。
ジェニーは日本に来る前はインドに二週間、その前はパリ、その前ロンドン、思わずグルっと地球儀が脳裏に浮かびます。で、浮かんだ地球儀をズズーとなぞれば出発点はイスラエルにたどり着きました。
「フラミンゴに勤めなければ、絶対会うことないですよね『イスラエル』の女の子なんて」
という私の感想に、中岡さんは妙に納得してました。
だって、今まで私はイスラエルがどこにあるかも全然理解の外でしたから。
この日をキッカケに何だか二人の気がピッタリ合って、ジェニーと私はとっても仲良しになりました。日本・イスラエル民間外交、いろいろ話してわかりました。
世界は広い、いろいろ凄くて知らない事だらけです。
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