第3話

アムウェイを本格的に始めて一ヶ月くらいが経った頃でしょうか、お店でプッツリと神埼よし子の姿を見かけなくなりました。どこか旅行でも行ったのか気にもなりませんでしたが、ちょっと聞きたい事、もちろんアムウェイの事で携帯に電話を入れると「お客様の都合でつながりません」のアナウンス。電話代を払わなくて電話停止、よくこんな事もあるので二日、三日してまたかけてみたら、「お客様の都合」から「この電話は現在使われていません」のアネウンスに変わっていてビックリしました。

そして、その月のなかばも過ぎた時、もっとビックリしたことが降って沸いたんです。


その日、マンションに帰るとポストに数通の手紙が入っていました。また、DMかなんかだろうと半分捨てるつもりで部屋まで持ってきたのはいいんですが・・・プロミス、アコムにワールド。翌日にはレイクにオリコ。翌々日には日立信販、アイクにコーエークレジット。

三日間で合計八社のサラ金から金融機関の利用明細書に返済表。また、数日経って、クレジットカード会社からの請求書と利用明細。

UCにJCB、加えてDC、日本信販、JOMOカード、ライフカードにご丁寧に伊勢丹カードと高島屋カード八枚は、すべてキャッシング限度額一杯きっちりです。

サラ金一社五十万円×八社=四百万円なり。

クレジットカードのキャッシングは八社合計は二百四十万円なり。

私の見知らぬ借金、突然の請求の合計金額はキッチリの六百四十万円なり。

これで、私が陥れられた事の重大さに気がつきました。

神崎よし子に誘われて一緒にアムウェイに入ったスマイルのホステス仲間の小雪ちゃんと真弓ちゃんに電話。彼女達も茫然自失、さっそく、何はともあれ、三人は半べそで表参道のマックで会うことにしました。


運命の別れ道は神崎に渡した健康保険証。

全く警戒心なし、まさに絵に描いた後悔は先に立たず。東京の怖さを実感した表参道に集う田舎娘三人衆でした。ホカホカ陽気の春休みに浮かれる通りゆく若者達が、みんな私達を笑っているような気がしていました。

キラキラひかる銀杏並木の新芽も今は重―く、憂鬱に写ります。

気持ちドーンと深く重く沈み、簡単に身体を動かすことが出来ない感覚です。

ついつい、うつむき、うなだれ、目線は地を這う人間の落ち込むスタイルは暗い昼のテレビドラマ通り。出るのは溜息ばかりでした。

結局、小雪ちゃんも保険証、真弓ちゃんは原付免許証を渡してしまっていたのです。

じっとしていてもしょうがない、私は二人の背中をたたき、とにかく今やることを整理して被害状況の確認から次なるアクションに足らぬ頭を回しました。


もちろん、アムウェイに行きましたが、「神埼よし子」というディストリビューターは実在してませんでした。

サラ金、クレジットカード会社、知らない自分の口座ある銀行にも行きましたが・・・物事は何にも解決せず、感じたのは世間の冷たさばかりなりです。

もちろん、警察にも行き、被害届を出しましたが、捕まえる気があんまりないようだし、仮に捕まえることができても、お金は戻ってくるのは難しそうです。


サラ金やカード会社は事情に理解は示しつつ、どうしようもなく、返済期間の猶予の交渉しかありませんでした。

銀行にも、

「勝手に口座作りやがって、どうしてくれるのよ、まったく」

と文句の一つも言いましたが支店長代理の名詞を持った若い奴に頭を下げられ終わりでした。

結局、みんな、かわいそうにって顔をしてくれますが、本音的には、

「保険証なんかを他人に気軽に渡すアンタ達が田舎モンがアホや!」

です。今となって、冷静さ取り戻せば全くのその通りです。


ここは状況打破しかありません。

まずは、返済です。親にも恥ずかしくて相談できません。こんな事相談したら、

「そら、東京なんか、言ったこっちゃない、すぐ戻って来い」

の緊急帰郷命令です。

それに、私の現状を解決するそんな余分なお金ウチにはありません。

父は左官業で弟ふたりを養い、生活費の足りない分は母がジャスコにパートに行っていますから。我が身の危機でも、決して親には相談できません。

悔しいけれど、私は自分の汚点は自分で拭うしかなかったのです。


「人生の危機と言っても、別に生死に関わることではないじゃん」

不幸中の幸いと、私は小雪ちゃんと真弓ちゃんを元気づけます。

いつか、私は「神崎よし子」を見つけ出し殺してやろうとは思っていますが、警察なんかの話では一人、二人の仕業ではないだろうという意見でした。

とにかく、メソメソしていてもしょうがなく、スタート地点から大きくマイナス、ドツボの人生の再スタートを切らなければ、いつの日かの明るい未来はやって来ない。社会を恨んでパンの耳をかじって生きても、イスラム国へ渡ってテロに目覚めても埒はあきません。

とにかく、一番効率的に手っ取り早く、お金を稼ぐ方法を見つけることにして、昼間のメイクの事務所に辞表を出しました。

会社をやめて三日後に、私は今の身体勝負のランパブに身を投じたわけなんです。



下着とオッパイで週六日働きまくって、はや二回目の春を経験、もう一年と四ヶ月、計十六カ月。それぞれのサラ金、カード会社の返済が月々五十五万キッチリ。

身に覚えのない借金は元金六百四十万。

それに利息上乗せ返済合計金額、恐ろしいかな八百八十万円。

しかし、それも、今月でキッチリ完済です。


もう、大変でした。

節約したって家賃だ、携帯だ、なんだで生活費に二十万ばかり。この一年四ヶ月の間、月九十万円、時には百万以上を稼ぎ出してきたわけですから。

人間必死になれば年収一千万円も夢じゃないって納得です。と言っても、これは女だから。女の武器をフル活用です。きっと、下の方の最終兵器を使ったら簡単に二千万以上は確実に稼げるでしょう。そこらのサラリーマンもびっくりの金額です。

あ、税金とのこといわれますと少々の耳が痛くもありますが・・・お店のほうでは十%の源泉は引かれておりますが、その後の個人の確定申告とか全然やってません。納税なんか気にしていたら、この世界では生きていけないのも事実です。(でも店側とて源泉徴収票はくれませんから、こっちも怪しいものですが)

会社をやめて保健は国民健康保健ですが、無給のプータローと偽り月の支払い二千円で済まさせて頂いております。

税務署も水商売全般、ホステスからソープ嬢までの厳正なる税金の徴収をしたら、きっとすごい税収アップにつながるんじゃないでしょうか。極めて無理でとても迷惑なお話ですけど。


苦労の返済完了し、さぁ一服、とりあえず、どうしようか考えました。

まずは、一週間ばかりの休みをとって、一人で旅行に行くことに。

とにかく、よく働いた自分にご褒美もあげたくもあり、前々からハリウッドとかブロードウェイとか興味が非常にありましたので、ロスとニューヨークに三泊づつ。

高校英語は多少の自信がありましたが、なんせ海外旅行は初めてなもんですから、私はあの内藤さんに相談してロサンゼルスでは雑貨の貿易をやっている先輩の田所さんを。ニューヨークはお友達の住商勤務の吉村さんを紹介してもらって現地のセキュリティ&サービスはめでたく完璧なものになりました。

決して色気で売っているわけではありませんが、私は女は本当に「得だ」と、こんな時にいつも思います。


でも、花の命は短いものでして、私には時間がもうありません。

私は裸で勝負したこの一年ちょっとの経験で、頑張ればなんとかなるって事を学習しました。

だから、一時、完全に忘れかけて私の夢を実現しなければなりません。

ここであきらめたら私の人生最悪、悲しすぎます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る