タイトル未定

アキラシンヤ

イントロダクション

 ……とうとうここまで来てしまった。

 姿見に映るセーラー服姿の自分を見つめ、少年はごくりと唾を呑んだ。

 昔からかわいいかわいいと言われていた。両親も女の子が欲しかったらしく、幼い頃のアルバムを見返しても、そこに映るのは女の子用の服を着たかわいらしい自分だった。

 しかし誰よりも少年を少女と見なし、誰よりもかわいがってきたのは、幼馴染の少女だった。

 そう、今も彼女は隣にいる。満足そうな笑みを浮かべている。

「うんうん。とってもかわいいよ。すっごく似合ってる。まこちゃんにはここの制服が似合うってずっと思ってたんだ」

「……そ、そうかな。あはは」

 短いスカートのせいで脚が冷たい。しかしそうした理由ではなく、少年は冷や汗をかいていた。

 制服がかわいいという理由だけで、高校まで決められてしまった。

 しかも県外の高校だ。少年を少年と知る人物は誰もいない。いや、少女は彼が少年だと知っているはずなのだが――頑なにそれを認めようとしない。

 少女は真性の百合少女だった。

 おまけに、それはそれは質の悪いことに、真性のヤンデレ少女だった。

 いやいや、何を言っているんだ? 僕は男だ、こんな格好で学校に行ける訳がないじゃないか――

 そんな事を言おうものなら、彼女が常に携帯しているマイナスドライバーでどこかしらを刺される。笑顔を消した少女は有無を言わせぬ修羅になる。見えないところに一生残る傷跡を付けられる。

 じゃきん、と金属質な音がした。

 鋭利な裁断ばさみの音だった。

 中学から高校に上がるにつれ、彼女の凶器もランクアップしたらしい。

 はさみ。それは一あるものを二にするもの。全体から一部を切り取るもの。

 あるいは、もしかしたら、彼女の機嫌を損なうような真似をしたなら。

 少年が少年たる証明すら身体から断ち切られかねない。

「まことー、ゆりちゃーん。そろそろ時間よー」

 階下の両親は助けてくれない。両親は少年を「そういう子」だと思っている。

 幼馴染の少女から無言の、それでいて暴力を伴う圧力が掛けられている事を知らない。

「時間だって。まこちゃん、行こ?」

 少女は自然に手を繋いでくる。指を絡ませ、「愛しい少女」が決して逃げないように。

「ちょっと待って、まだ心の準備が」

 じゃきん。鋭利な刃物が少年の言葉を断ち切った。

「……何でもない! 行こう!」

「うんっ。いっぱい友達できるといいねっ」

 少女の笑顔はやわらかく、とてもかわいらしい。

 対し、少年の笑顔はどこまでもぎこちない。


 こうして始まる。始まってしまう。

 少女である事を余儀なくされた少年と、そんな少年を病的なまでに愛する少女の新しい学園生活―― 

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タイトル未定 アキラシンヤ @akirashinya

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