オアイソには早すぎる
雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞
オアイソには早すぎる
「なに、食べる?」
「そうね、オアイソにしようかしら」
「早いよ」
彼女は
変わらぬ友情を誓い、彼らは寿司を食べた。
§§
それは死んでいた。
冷凍マグロで頭部を一撃。撲殺だった。
刑事である彼は、その事件現場で愕然としていた。
被害者の周囲にはイクラが散乱していたのだ。
「まるで、産卵現場だな……」
彼の同僚が口元を覆いながらそんなことを呟いたが、彼の耳には届かなかった。
§§
彼はあてどもなく混雑の海を漂っていた。
件の事件は暗礁に乗り上げ、依然として犯人の行方はつかめず、そもそも容疑者すらろくに名前が挙がっていなかった。遠くないうちに迷宮入りするだろうと、彼は睨んでいた。
交差点を渡り、また大衆に埋没しようとした瞬間だった。
「久しぶりね」
そんな声を掛けられた。
彼の目の前に、彼女が居た。
§§
「お寿司、ふたりで食べに来るの、いつぶりかしら?」
「さあな……」
彼女の言葉に、彼は肩をすぼめる。
解らないし、解りたくなかったのだ。
「なにを注文するの?」
「マグロ――」
そう言いかけて、彼は口をつぐむ。
かわりに彼女が、
「私たち、親友よね」
そう言った。
彼は黙ってうなずいたが、それからゆっくりと首を振った。
「もう、違うさ」
「……そう」
彼女の態度は、黄身のない卵のように淡白だった。
「現場には、イクラが散乱していた。魚卵だ」
「なんの話?」
「わざわざ撲殺するのに冷凍マグロを使った、赤身の部分だ。産卵期に入った自分に、脂がのっていることを隠すためだ」
「だから、なんの話よ」
「なあ、なにを頼む?」
「……そうね、じゃあ」
彼女はオアイソをと言った。
彼は笑わず、彼女のヒレに手錠をかけた。
「犯人は、サーモン――君だろ?」
「あら? あなただって脂ののった鮭じゃない?」
「俺は、
鮭児――トキ知らずは卵を産めない。未成熟ゆえに。
「オアイソには早すぎる」
事件を解決した彼は、独り寂しげに呟いた。
オアイソには早すぎる 雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞 @aoi-ringo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます