第13話 ティーパーティー
雅晴たちを追い詰める三人組は目をギラつかせ、武器を握る手に力を籠める。
木刀に包丁、そして拳銃。それぞれが手にした武器は、追い詰められた三人にとってどれもが脅威だった。
「さあ、観念しろ。逃げ場はない」
「早くなさい!」
ガタイの良い中年の男性が肩に木刀を当てて凄み、包丁を握る若い女性は美しい顔を乱して吠える。
二人の真ん中に立つ白髪の男性は、拳銃を構えたままじっと三人を見据えていた。
雅晴は震える手を握り、すすり泣くフィリーネから顔を上げる。
「なあ、俺たちは盗賊じゃない。何かの勘違いだ」
「戯言をほざくな。そうやってわしらを騙そうったって、そうはいかん」
雅晴は必死の思いで語りかけてみるものの、老人たちにその声は届かない。
額に刻まれた皺をより一層深くして、親指でレバーを下ろす。カチャリと音がして、リボルバーが回転した。
空に薄くかかっていた雲は、流れていつの間にか分厚くなり、黒く不気味になっている。
どんよりした空が広がり、停滞した空気はより一層重たく感じられた。
「ねえ、君たち」
不意に吹いた風に乗って、聞き慣れない声が耳に届いた。
雅晴は声の主を探そうと、視線を上下左右に振る。
すると、その声は雅晴に呼びかける。
「僕を探さないでくれると助かるな。あいつらに見つかると厄介なことになるんだ」
フィリーネとアルリカを一瞥してみると、二人は変わらずに泣き続け、睨め続けていた。
どうやら、この声に気付いていないようだった。
「君、少し頼めるかい。僕は今、君たちが背にしている門の内側にいる。どうにかして、あいつらの気を引いてくれ。もしそれができれば、その隙に君たちをこっち側に助けられる。どうだい、やれるかい?」
声の主は一気に喋り切り、雅晴へ問いかける。
それと時を同じくして、しびれを切らした前方の集団が声を荒げた。
「わしらは十分待った。お前たちがその気なら、わしらも容赦せんぞ」
「わかってんのかガキども」
雅晴は前を向いたまま、太ももの後ろで親指を突き上げる。声の主が見つけてくれることを祈りながら。
何か考えがあったわけではない。でも、この状況を変えるには、やってきた僅かな可能性にすがるしかなかった。
「タイミングは君に任せるよ。健闘を祈る」
気が付けば、フィリーネのすすり泣く声が止んでいる。
砂を掴む音がして、視界の隅で彼女はゆっくりと立ち上がった。
「ねえ、ハル。どうするの」
「どうするって、こうするしかないだろ」
小声でアルリカに尋ねられ、雅晴は覚悟を決める。
そして――
「何だあれ!」
次の瞬間には空を指差し、力の限り叫んでいた。
古典的な気の逸らし方。笑ってしまいそうな気持ちを抑え、雅晴は必死に演技する。
あまりにも驚いた表情を見せる雅晴に、武器を向けていた三人も思わず振り返る。
「もしかしてUFOか? 黄色が茶色になるまで猶予は三分。それまでにカップから……逃げ出すぞ!」
自分でも何を言っているのかよくわからない。咄嗟に出たのは、そんな言葉。それを合図にして、背後で何かが軋む音がする。
三人は勢いよく後ろへ振り返るも、門は変わらず閉じたままだった。
「そんな。嵌められた?」
そうこうしているうちに、よそ見をしていた三人もこちらに向き直る。
「あいつら逃げるぞ!」
「追えっ」
動きに気付き、背後で声が張り上げられる。
土を蹴る足音が二人分。その場で足を踏み出した音が一人分。
「ほら、こっちへ。下! 入って。急いで!」
気が付かなかったが、人ひとりが潜れるくらいのスペースが、門の左下にぽっかり開いていた。
その空間の向こう、内側からブロンドの男性が手招きをしている。
その声は、さっきまで言葉を交わしていた、落ち着いた中にも威厳のある高貴な声。
フィリーネが中に飛び込み、アルリカが続く。最後に雅晴が扉を潜る。
扉が閉まった直後、重音の効いた発砲音が鳴り、その刹那、その扉が弾け飛んだ。
「おい、鉄壁を下ろせ」
「了解!」
門の上から声がして、雅晴は思わず上を見た。
見張り台のような柱の上側に人がおり、紐を引っ張って扉を操作していた。
男性の指示で、右側の上にいた女性がナイフで紐を切り落とす。すると、固定されていた鉄板が落下し、穴を塞いだ。
その後も数回、発砲音がしたものの、穴が開くことは無かった。
しばらくして、扉の向こうで三人組が悪態をつく。それから、足跡が小さくなっていき、やがて静かになった。
「君たち、大変だったね。でも、もう安心だ。ようこそ、旧王立城下資料館へ」
そう言って、少し長めのブロンドの男性が手を差し出した。
美形男子。整ったその顔は中性的なイケメンだった。
「僕の名前はユエン・ウィステリア。ここの管理人だよ。よろしくね」
差し出された手を握る冴えない男子。
ユエンは雅晴の手を握り返し、微笑んだ。そして、よくここまで来た、と優しく声を掛けた。
手を引かれ、雅晴は資料館へ向かって歩き出す。
後ろからフィリーネとアルリカ、門の上にいた二人が続く。アルリカの表情は、ユエンの名前を聞いたときから優れていないが、雅晴がそのことに気が付くことはなかった。
門から資料館までは思っていたほど距離が無い。石垣の上へ向かう階段の下、白レンガで作られた立派な外壁を持つ建物が、ちょこんと、でも確かな在感を持って建っていた。
「さ、中に入ろうか。温かい紅茶を用意するよ」
「ありがとうございます」
六人が建物の中に入ると、重たい扉が音を立てて閉じる。
音の一切が無くなり、外界との接続は遮断された。
「へえ。じゃあ、君たちはベラドーナーから来たのか。随分と長旅だったんだね」
「何も無かったらそこまでですよ。半日あれば電車で来れますしね。でも、本当にいろいろなことがありまして……」
入ってすぐの休憩室。雅晴たち六人は、テーブルを囲んでちょっとしたお茶会を開いていた。
ガラスで作られた天板の上に、カップとソーサーが並べられ、湯気を立てている。
四辺のうち、長辺に女性陣が向かい合って座り、短い方で雅晴とユエンが向かい合った。
ふかふかで沈み込むソファーが、いかにも高級品。雅晴はユエンたちに、これまでの道程を話しながら何度も座り直して、落ち着きがない。
「――で、情報を集めるならここの資料館がいいと、国王から伝えられたんです。それで足を運びました」
「そんな畏まらなくてもいいよ。もっと気楽にいこう」
「でも……」
「確かに、君たちからしたら僕は年上かもしれないけど、せっかくなんだ。仲良くしようじゃないか」
「年上と言いますか。でもまあ、そう言うのなら。ありがとう……ございます」
丁寧語で話すのをやめると黒服の人が現れそうな気がして、自然とですます調で喋ってしまう。自然に話せるようになるのは、まだまだ先になるかもしれない。彼にはそんな、高貴で不思議なオーラがあるように感じられた。
「ここも昔は中々重要な建物だったんだけど、この有様だよ。このままじゃ、いずれ保守しきれなくなるね」
「そうなんですね。ウィステリアさんたちが、ここを綺麗に保ってるんです……るんだ」
「そうだよ。でも、僕だけじゃない。ここにいるエマとカレン、それに、街の人たちも手伝って協力してくれている」
ユエンに紹介され、エマとカレンは手を軽く振った。雅晴は会釈し、フィリーネも真似をする。
フィリーネは真剣な顔をして、雅晴とユエンの会話に聞き入っている。右、左と顔を振るたびに、結んだ髪が揺れて甘い香りが舞い上がる。
アルリカはというと、振り返していた手を下ろし、お茶菓子として出されたビスケットを頬張っていた。膨らんだほっぺが、まるでリスのようだった。
「で、さっきのあいつらは一体何なんですか。急に襲ってくるなんて。盗賊がどうのって言ってましたが……」
「悪いね。あれは、王城を守りたい気持ちが強すぎて、空回りしてしまっているんだ」
「空回り?」
「そう。最近現れた盗賊たちに、ピリピリして神経を尖らせている。奴らは、ここに宝があると思っているのか、襲撃を企んでいるみたいなんだ。そのための下見をしていると思われたんだろう。彼らに悪気は無いんだ。許してやってくれ」
雅晴は唸るように、息をゆっくりと吐きだした。言いたいことはわかるが、殺されかけた身としては、この感情を処理することは難しい。
フィリーネも同じことを感じているのか、表情は明るくなかった。
「まあ、もうあの人たちに襲われないならさ、いいんじゃない?」
「アルリカ……買収されたな……」
口の周りにビスケットの粉をくっつけ、アルリカは紅茶を飲み干した。
その光景を見たエマとカレンは、目を丸くして向かい合う。シルバーブロンドの二人は、片や長髪、片や短髪。それ以外、外見の違いはほとんどわからなかった
「そう言ってくれる人がいて助かるよ。赦してもらえた気がして、やっと心が休まるよ」
「で、あいつらは誰なんですか。そこを教えてもらえないと、俺らの心は休まりません」
「そうだったな。すまないよ」
身を乗り出した雅晴に、ユエンは眉を下げた。
一呼吸おいて、彼はもう一度口を開く。
「中年の男性と若い女性、そして老人。あの三人組は、ベルセント・ボイヴィッシュを取り仕切る組織の幹部たちなんだ。正直、あそこと揉め事は、するもんじゃない……」
「どうしてですか」
「まあ、話すと長くなるんだ。……それよりも、君たちはここの資料を見に来たんだろ? 話はここまでにして、資料探しと行こうじゃないか。好きに見ていってくれ。釣り合わないかもしれないが、さっきのお詫びだよ」
話を強引に打ち切り、ユエンは立ち上がった。
テーブルの上に鍵を置くと、エマとカレンを引き連れて部屋を出ていった。
「待ってー。このお菓子の作り方が載った本はどこにあるの?」
アルリカも後を追って駆けていく。
取り残された雅晴とフィリーネは見つめ合い、大きな溜め息をついた。
ノンターメリカルカレー 沢菜千野 @nozawana_C15
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ノンターメリカルカレーの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます