第11話

 人々は暖かな陽気のなか、むさくるしい毛皮をはおった少年を奇異の目で振り返って、まじまじとみつめた。


 ルーは薄汚れた金色の髪をうしろでたばね、腐りかけすえた臭いを放つ毛皮も気にせず、カタルガの町を見物して歩いた。自分の異装はこの南の国の連中には珍妙だ、くらいの認識はあった。


 ルーはほふった獣の皮を肩にかつぎ、おりたつ町々で売り歩き、その土地の金を手に入れて糊口をしのいでいた。


 オムホロスに命じられるままにしぶしぶいうことを聞いていたが、損をしたこともなかったので、いまではすっかり信用していた。二カ月以上旅をともにした土人形が、突然動かなくなってから久しいのに、ふところに大事にしまっておいた。


 どこへいっても、飲食店だけはひと目でわかるようになった。城に暮らしていたころなら、台といすがそとにならべられ、人が飲み食いしていても、そこが金と引き換えに飲食をさせてくれるところだとは思いもよらなかったろう。


 ルーはあいた席にどっかと座り、給仕女がくるのを待った。


 カタルガはきれいな町だった。野良犬もおらず、乾いた土の道は平らに舗装され、店や家が整然とならんでいる。ごみひとつ見当たらない。ツァカタン神殿へと放射線状に町中の道が集まり、カタルガが君主統治の国でないと思わせた。


 家屋は煉瓦づくりで、平屋が多かった。人々の顔つきは丸く、ふくよかな体格をしてた。肌は黄色く、髪の色は雑多にあった。


 ルーはつぶさに観察してまわった。みな礼儀正しく、よそ者にも親切だった。話す言葉は子音の強い聞きなれない音で、ルーはオムホロスから、一カ月のあいだで習い覚えた言葉をつかった。


 片言のカタルガ語で注文をし、まもなくして湯気のたつ皿が目のまえにならべられた。


 くすんだ砂色の髪のひとなつっこいカタルガ人の男が、食べかけの皿と酒をもち、ルーのとなりに座ってもいいかとたずねてきた。


「どこからこられたのです?」

「ケラファーン」


「へぇ」といいつつも、どこにあるのかさっぱりわかっておらぬようだった。


「ここへはどうして?」

「毛皮、売りに」

「おひとりで?」

「ひとりで」

「泊まるところはもう決められてますか?」

「決めてない……」

「うちにお泊めしましょうか?」


 目尻の鋭いカタルガの男は、一夜の宿を申しでた。ルーは男の顔をみつめ、その真意をさぐった。


 男の顔はまるで仮面のようで、薄い微笑みは顔の皮に張りついたまま、崩れもしない。おそらく、この愛想のよささえもカタルガの民に共通する特徴なのだろうと、ルーは判断した。


「ところで、春ひさぎのいる場所、知ってるか?」


 ルーは意表をつくように、わざとたずねてみた。


「お知り合いでも?」


 男は眉ひとつ動かさず、にこにことこたえた。


 ルーは内心がっかりとした。


「いや、白痴の春ひさぎだが……」

「ああ……いつも通りにたってる……」


 男はあからさまに嫌悪の表情を浮かべ、つぶやいた。やっとみせた人間らしい表情に、ルーは満足した。


 男のはなしを聞きながら、ルーは料理をほおばった。魚の酒蒸しは思いがけず美味だった。水煮の冬瓜を噛み砕きながら、ルーは通りのむこうをながめた。


「どのへん?」

「ここいらですよ」


 食べ終わり、給仕女を呼ぶと、毛皮で支払いの交渉をした。そのあいだ、カタルガ人の男はおとなしくルーの用がすむまで待っていた。


 ルーは手持ちの毛皮をすべて金に換えてしまうと、男の家をたずねた。男の家は、門前町からすこしはずれた、西寄りの家だといった。大きな樫の木が生えている、そのとなりだと。


 それから男はぽつりとつぶやいた。


「夜になるまえにお越しください。その春ひさぎだって運がいいだけなんですから」

 ルーは当然たずねた。男は首を振ってこたえるのを拒絶すると、「わしは親切で教えただけです。ほんとうにたまたま……」と、声をひそめた。


 ルーはもう一度男の家の方角を確認した。


「暑くないんですか?」


 さしこむ日差しを手でふせぎながら、年齢不祥のカタルガ人が唐突にたずねてきた。


「少し」


 ルーは正直にこたえた。


「脱がないんですか?」


 男の素朴な疑問に、ルーは微笑んだ。


「脱がない」

「なぜです?」

「これ、わたしの名前。だから、脱がない」

「はぁ……」


 男は何度もうなずきながら、まじまじと毛皮をみつめていた。


「なんの毛皮なんです?」

「狼」

「狼!」


 男は驚きの声をあげると、目を丸くした。どうやら、親しくなると表情豊かになる国民らしいと、ルーはおもしろがって男をみつめた。


「まぁ、つもるはなしは家でやりましょう。酒は飲めますか?」と男は相好を崩すと、手首をひねって酌をつぐふりをした。


「うん」


 ルーはカタルガのからい発酵酒のことを考えて、唾を飲みこんだ。


「じゃ、用意しときましょう」

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