第19話

 ケセオデールの脚がびくりとひくついた。これ以上ふれないで、これ以上感じさせないでほしかった。ひざにおしつけられた娘の豊かな双丘。


 爪がきしるほどひじかけをつかんだ。波が凝り固まり、ありもしないファルスへとそそぎこまれていく。浅く息をつき、うめき、のどがふるえた。


 腕と身体で娘をわしづかみにしたい衝動に、意識さえも緊縛されつつあった。欲望の高まりにすべてをかなぐり捨て、望むままに満たしてやりたかった。


 娘のみつめるなか、ほとばしる解放感に身をゆだね、しかし、身体と手はいぜんゆりいすにはりついたままだった。


 娘は驚きの目でケセオデールをみつめ、顔に浮かんだ感情さえ口にしなかった。


 ただ自分の服に手をかけ、胸元をはだけた。こぼれんばかりのまっ白い乳房があらわれた。


 興奮に娘の首筋と耳はほてり、紅色に染まっている。


 息は浅く、豊かな乳房がかすかな肋骨のうえで上下していた。


 今までなに色かも気付かなかった娘の淡い灰色の瞳が、冷静にケセオデールの動静を見守っていた。


 娘の裸体が徐々に花開き、満開にほころび、ほこらしげにケセオデールのまえにたたずんでいた。


 娘は試していた。無意識にケセオデールの男の部分を直感して、その反応を楽しもうとしていた。


 最初のうずきが過ぎ、かえって冷静さをとり戻していたケセオデールは、冷たいすみれ色の瞳で娘をみつめ返した。


「でておゆき!」


 鋭い言葉がケセオデールの口から飛びだした。


「恥を知りなさい!」


 娘はとたんにそれまで隠そうともしなかった淡い栗色の蔭りを両手でさえぎり、ようやく我に返った顔つきで王女をまじまじとみつめた。


「服をきなさい、はやく!」


 ケセオデールの怒りの表情に気付き、娘はいそいそと服をきた。そして、ケセオデールが指さし続ける扉へと歩み寄り、うちひしがれたようすで振り返った。


「どうしてもお情けはいただけないのでしょうか?」

「たわごとを……!」


 ケセオデールは吐き捨てるようにつぶやいた。


 娘はうなだれた背をケセオデールにむけ、廊下へでていった。






‡‡‡






 ケセオデールは救いをもとめて女王の部屋にむかっていた。ひとつのことしか思い浮かばなかった。この国をでて、ビオリナへいくことを許してくれるのは、女王だけだった。


 両こぶしで女王の部屋の扉をたたいた。


「ケセオデール?」


 驚いた女王が顔をだし、ケセオデールを部屋に引きいれた。


 女王は王女の憔悴しきった顔色をみて、「どうしたの? あのうわさのこと?」


 女王がすでにあのうわさのことを耳にしていると知り、ケセオデールは背筋に冷や水をかけられたように感じた。


「母上……母上はいつか、あたしにビオリナのシルフィン神のことを話してくださいましたわよね……?」

「ええ……」

「あたしを……」


 ケセオデールは女王の小柄な肩をつかんで、ゆさぶった。


「あたしをビオリナにいかせてくださいまし……!」


 あえぐように訴える王女を必死で暖炉のまえに座らせ、女王はケセオデールの手を両手にとった。


「どうしてなの? 詳しく話してみなさい」


 女王の真剣なまなざしに、ケセオデールはふいに心弱くなってしまった。


「母上……あたしは……あたしは……」


 いまにも泣きじゃくりそうな王女を、子供のころのようにだきしめて、女王は優しくささやいた。


「なにを悩んでいるの? 母に話してごらんなさい」

「母上……あたしは自分がわかりません。本当にわからないのです。あたしは女なのですか、男なのですか?」


 女王は身を引き、じっと王女のすがる目つきを見返した。


 王女の苦悩は自分が原因だったのか。たかが夢のつくりごとをいい聞かせたがために、矛盾の亀裂が王女の心を引き裂いたのか? 


 女王はケセオデールをしっかりといだいた。強く、はげますように、「おまえは立派な女です! 男などではありませんよ!」


 しかし、王女は弱々しくいいつのった。


「もうそのことに自信がもてないのです。女であるにはあまりにも……真実が知りたいのです……!」

「母の言葉だけではだめなの? あなたの夫はなんといったの?」

「あのひとが真実を知っているのなら、これほど悩んでおりません」


 女王は王女の頑なさにため息をついた。思いつめた顔を晴れさせるために気休めをいっても、通用しないだろう。


「ビオリナはだめです。この国にも神はいるのだから。イイオルーン・マイオーン神におすがりなさい」


 女王はケセオデールのために、犬ぞりと老兵とわずかな食料を用意してやった。ケラファーンの森で小動物を射止め、それをいけにえに神を呼ばわればいい。一日二日でその用も完了するだろうと思われた。


 準備もととのった薄暗い朝に、ケセオデールは老従者をともなってケラファーンの森へむかった。今日一日ですべてのことにけりがつくのだと信じて。






‡‡‡

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