第17話

 ケセオデールはつぶやいた。そうたずね返したいのこちらだと、娘は思った。ケセオデールの声は低く、うわずっていた。なにかをおさえ、耐えているように。


「そんな目でみないで……」


 そういい放ちざまに、熱っぽく酒臭い口が娘の唇をふさいだ。娘は声をあげるひまもなく、まさぐられる腰を浮かせて逃げようとした。


 ふいに娘は気付いた。王女の目つきは、水浴びをする女を木陰からのぞく目、なにか思わせぶりに近寄ってくる男の目ににていたのだ。


 王女の不器用でいて、どこか的確な愛撫。知らずに声があがり、娘は無意識にケセオデールの首に腕を回した。


 ケセオデールの手が娘の脚のあいだからはいだした。しかし、娘の快感の波が去るまえに、王女の思いもよらない行為が娘に驚きの声をあげさせた。深々と侵入し、ケセオデールの動きにあわせて突きあげてくるもの。娘は恐怖と歓喜にのどをふるわせてのぼりつめていった。


 思いもよらなかったことだけに、抜き取られたあともなお熱くふるえ、余韻はなかなか去らなかった。ケセオデールはすぐに居住まいを正すと、ふたたびデカンタの酒をあおりはじめた。


 床にうずくまる娘はドレスをかき寄せ、ケセオデールを畏怖の目でながめた。マイオーン神? それともこのかたはイイオルーン神なのかと。


 ケセオデールは幾度か酒をあおると、娘に背をむけたまま、低くつぶやいた。


「端切れで好きなものがあったらいくらでももっていって、さぁ」


 有無もいわさずその手が扉へ振りむけられ、娘は選んだ端切れを手に、名残惜しげな顔つきで部屋からでていった。


 扉の閉まる音を背で聞きながら、ケセオデールは娘を思って夢精するよりも空しい感情に打ちひしがれていた。


 娘は喜んでうけいれてくれた。ケセオデールは彼女をだき、幻のファルスで彼女を犯して射精した。


 隠しもっていた代役を、こっそりと調理場から失敬してきたものを、突きたてたのだ。


 恐ろしくこっけいだった。


 女の体で男のまねごとをしている以上に。男としては不能であるという決定的な烙印がゆえに。


 娘は恐らく黙ってはいまいし、みながこぞって自分の体の不思議を知りたがりはじめるだろう。


 そして、もとめられるたびに、男を演じる女として棒で犯すのか。 


 娘を手にいれられない以上の虚無的なおののき。あえぎながら床に木のファルスを投げ捨てた。


 自分が切望していたものはなんだったのか。女と交わることだったのか。


 ひどく孤独を感じ、泣きながらベッドにつっぷした。かたわらにハルコーンの腕がないのがたまらなく寂しかった。






‡‡‡






 好奇の目にさらされていると知ったのは、あれからわずか二日目のことだった。娘の言葉にどれほどの枝葉がついたものやら。ケセオデールは地上におけるマイオーン神のごとくうわさされていた。


 色白く、きゃしゃで、絹糸のごとき金髪をもつ中性的な顔だちの少女。成熟を知らない、少年めいた少女のふくらみ。豊満さのかけた、背の高いすらりとした肢体。


 その女性らしいドレスのしたになにがあったとしても、もはや驚きはしまいと、刺激的な快感を求める城の女たちが、ことあるごとになにやらいい繕ってはケセオデールに近づいた。


「ケセオデール様、おもしろいものを手にいれましたの。ぜひ、わたくしのお部屋に遊びにいらして」

「ねぇ、ケセオデール、あたしの掛け布のキルト、一度みてみてよ」

「子猫が生まれたの……あたしのベッドのしたにはいりこんで……」

「相談事があるのです。午餐のあと、東翼のつきあたりでお待ちしていますわ」


 かと思えば。


「次々と新しいおもちゃを手にいれられるようで結構なこと」

「おぞましい……あのひとがここにいると空気まで汚れてくるわ」

「清純そうな顔して、わたしたちのこと、げすな男みたいに値踏みしてるのかしら?」

「甘やかされたせいね、お生まれがあたしたちとはちがうように、あっちのご趣味もちがうのよ」


 ケセオデールはいつも背後でそれらの声を耳にし、すべて聞き流すか、冗談として笑い飛ばした。


 あの木のファルスはとっくの昔に暖炉にくべてしまった。あれ以来、自分の幻のファルスも萎えたまま、なりをひそめている。


 庭に面した回廊をさけ、自分の部屋と食堂を往復する毎日。そのみじかい距離に我さきにと待ち伏せする悪友たち。義妹もそのひとり。


「義姉君、なぜ下女相手に? わたしというつりあう相手がいるというのに」

「あたしとつりあう云々のまえに、隣に居ならぶご同胞を蹴落としてからにしたらいかが?」


 冗談はそこまでと、義妹は色の薄い瞳を廊下のかがり火に輝かせながら、詰め寄ってきた。


「ねぇ、あのことはほんとは嘘よね?」


 その口ぶりは、逆説的にひびいた。


「あのこと?」


 ケセオデールは石の壁を背に義妹を見下ろした。


「あなたがマイオーン神であるうわさ」


 義妹は声をひそめてささやいた。


「まさか!」


 ケセオデールはわざとらしく驚きの声をあげ、そのまま歩み去ろうとした。逃がすまいと、義妹はなにを血迷ったのか、ケセオデールの股間をわしづかみにした。


「な……!?」

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