第16話
魔法使いと殺しあわねばならないことに勝敗がかかわるのだろうかと、オムホロスは眉をひそませた。
「ホムンクルスはこのままで充分なのではないのですか?」
「いや、不完全だ。しかし、オムホロス、おまえがだ」
その言葉は、魔法使いが以前、魔法使い自身のマスターであった者の血肉を口にしたということをうかがわせた。
「いけ! もうはなしなどする必要はないはずだ。おまえが力比べをしたくなったら、いつでも申しいれてこい。モロなどに誘惑されるんじゃないぞ」
オムホロスはそそくさと浴室からでていった。
昼間は逃げだしたためにゴドウに水を与え損なった。それゆえ、もう一度壷をもち、月光のした、ゴドウの泉へとむかった。
日中の日照りつく暑さとうってかわり、空気はひんやりとしていた。
オムホロスは薄いチュニックとズボンを着込んでいた。まるで寒さをしのぐというよりも、自分のなかのなにかが露出してしまうのを恐れているかのようだった。
オムホロスの気配に、黒い巨大な影が泉のほとりにたちあがった。オムホロスの目に、ゴドウは密林の黒い神として映った。
オムホロスは無言でたたずみ、両手でかかえた壷をさしだした。
自分の手にゴドウの手がかさなる。ささくれだった爪が、ぎりぎりとオムホロスの手甲に突き刺さった。
「ゴドウ……」
オムホロスの男性体は精神の奥深くで惰眠をむさぼり続け、ゴドウによって女性体が目覚めてしまった。女である部分がゴドウを欲しがり、自滅を願っている。
壷がわれ、オムホロスの引き締まった少年の腕がゴドウの首にまきついた。血なまぐさいゴドウの体にぴったりとかさなりあう。
「ゴドウ……!」
背中でチュニックが裂けていく。ズボンが引きちぎられていく。ゴドウの白い歯が首筋に突きたてられ、気も遠くなるほどの甘美が背筋を走り抜けていった。
オムホロスはゴドウの黒いたてがみを引きむしるように握り締めた。
ゴドウの甘い唇の愛撫で体中に血がしたたった。
オムホロスの女性体はゴドウを待ちうけたが、モロは約束を覚えていた。堅いゴドウのしこりが何度もオムホロスの腹を打った。
オムホロスは自分の男性器がふいに屹立するのを感じた。ケラファーンの生体もいまだれかにだかれるか、だれかをだいているのだ。決して射精せぬゴドウの性器のかたわらで、オムホロスの男性器が萎えしぼまった。
瞳をあわせたまま、そらすこともできない。優しさがあふれるのはその金色の瞳だけだった。
ゴドウの舌が血にまみれたオムホロスの胸の薄紅色の突起をからめとり、口に含んで血をすすった。
オムホロスは思い出し、微笑んだ。あのときからすでにゴドウはオムホロスを欲していたのだ。ゴドウの人間の部分は、物心ついたときからオムホロスに欲情していたのだ。オムホロスは声をたてて笑った。
‡‡‡
お互いが殺しあわねばならないとわかってからも、相手の背中をナイフで狙いあうわけでもなく、ふたりとも自分の研究に没頭しているかのようにみえた。
ホムンクルスの本はとうとうみつからずじまい。
ホムンクルスにとっての完全体とはいかなるものなのか。
オムホロスは魔法使いのいった言葉を反芻してみた。
孤独で不完全なのはオムホロス。マスターの血肉を食い、完全体になった魔法使いは孤独ではない。
なぜわざわざヘテロである女男性体を生み出したのか。女女性体でどうしていけなかったのか。生殖機能をもつことが完全体であることなのか。
しかし、それならばはじめから女女性体をつくりだせばいい。
女男性体のもつ特質が重要だったのか?
おそらくそうであろう。ではそれはいったいなんなのか。
そのために、いつか自分と魔法使いが、ホムンクルスの性欲にかきたてられて殺しあうというのだろうか。
オムホロスはそのことに思考を巡らせ、“見張り”が動きだしたことに気付かなかった。
“見張り”はずりずりとケラファーンの国境沿いをまたぎ、そのまま動かなくなった。
オムホロスはふと顔をあげ、地図上の“見張り”をみて、思わず身をのりだしてのぞいた。“見張り”はビオリナ近くを示している。
どういうことだろう。ケラファーンの生体が国をでるなど。なにが起こったのか見当もつかないまま、“見張り”を人形とすりかえ、使役として送りこんだ。そして、ケラファーンの生体との最初のコンタクトをこころみた。
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