第14話

 魔法使いがなにをいいたいのか、オムホロスには図りかねた。マスターは機嫌よさそうに自分の研究に戻った。


 さて自分の退屈な錬金術の実験でもしようかと鉄鍋にむき直ったとき、ひさびさに男性体が精を放った。


 オムホロスは考えてみた。


 春ひさぎの少女は基本形態のまま生きていた。もしかすると、ケラファーンの生体を男性と思ったのは自分の早とちりだったのではないのか。おそらくそうであろう。ケラファーンの生体もまた、少女の姿をしているのだ。


 しかも春ひさぎの少女と異なり、自分の本来の性欲に気付いている。彼が形にだまされ、女としてそだてられたとしたなら、ケラファーンの国外にでることがあるとどうして考えられようか。きっと一生でることもなく、石女といわれて生きていくのだろう。


 オムホロスはひどく落胆した。それではこの生体ともコンタクトをとることができないのか。


 しかし、オムホロスはあきらめたくなかった。魔法使いの残忍な遊びの娯しみを壊してやりたいとはじめて思った。


 魔法使いはわざと生かしておいたのだ。生かしておくことで、性体を提供した二人の人間がどのような末路をたどるかも想定して。


 いったいなにが目的で? 


 魔法使いの考えなど、オムホロスの関知できるものではなかった。だが、魔法使いの残酷さに屈服したくなかった。


 早速ケラファーンの生体の精液を使って”見張り”をつくった。生体がケラファーンから一歩でもでれば、すぐにでも”見張り”が探知して、オムホロスに知らせるようにできている。


 これは賭けだった。


 ケラファーンの生体とコンタクトがとれれば、南のひさぎ女との間接的なコンタクトが可能になる。そうすれば、ゴドウのモロの呪いもとけるだろう。






‡‡‡






 ゴドウはオムホロスの壷をもつ手に、自分の手をかさねて水を飲み干した。


 ちらちらとして一瞬のうちに消えてしまう思慮深い隠者めいた瞳の色。発情したオスキメラの目が、ゴドウの正気の瞳をよろっている。


 血に飢えたゴドウ。


 オムホロスは結界ぎりぎりにひざまずき、壷をもつ手を引っこめた。


 ゴドウの唇からのぞく白い歯。さっくりと果実を噛み砕くようにオムホロスの肌にその歯をあてた。まだ癒えない傷が、オムホロスの首筋に、肩に、乳房に残る。


 オムホロスはゴドウの金色の瞳の凝視から、ゴドウの歯の愛撫を幻視する。昨日できた傷が熱い。


 オムホロスの女性体が、決定形態である男性体をしりぞけてゴドウに反応する。


 結界は破られ、オムホロスの両手がゴドウの顔をとらえた。その唇をむさぼり、オムホロスは自分の血の味を知った。


 密会は終わりだ。


 オムホロスはゴドウを突き飛ばし、結界から飛びずさった。舌が切れ、唇のはしから血がつたい落ちる。


 これがゴドウの愛だ。ねじ曲げられた性欲なのだ。


 血がすすられ、肉が噛み切られる。それはみたこともないデジャヴ。しかし、オムホロスの根源に根強くひそんでいる。


 はて、いったいなんなのか? 血と肉と痛みと死が、どこかで密接に自分とつながっていた。


 オムホロスは意思とは反対にあとずさった。


 また明日。ゴドウから目をそらした。


 魔法使いは、研究室に戻ってきたオムホロスの口元を不審げにみやった。このごろマスターはオムホロスを逐一観察しているようだった。


「自分で噛んだのか?」

「いいえ」


 そのときの魔法使いの瞳の光にオムホロスはひかれた。ゴドウと同じ種類のものか? 


 性欲ではない、いままでまったく感じもしなかった感情が突きあげてくるのを覚えた。


 しかし、魔法使いの目に性的なものはなかった。魔法使いのなにに自分がひかれたのか、いまうずうずと欲しているこの感情はなんなのか、オムホロスは注意深くさぐったが、結局わからなかった。






‡‡‡






 太陽がまたのぼり、ゴドウのまえにたち、ゴドウが屠るキメラをみつめた。


 極楽鳥の羽根が引きむしられ、その腹に浮かぶ女の顔に死相がきざまれている。


 食われていくキメラにはじめて不快をおぼえた。


 ゴドウの白い歯がその首をひきちぎり、尾羽根の陰につきいれられた陰茎。


 あまりの感情の激しさに、オムホロスはめまいに襲われた。どうしてしまったのだ? 


 戸惑いにたちすくんだ。


 ゴドウを欲しているのは確かに自分だった。血をすすり、肉に飢えたのも。しかし、されたいのではなく、したかったのだ。


 いったいだれを? それはまだわからぬ。だが、ゴドウではなかった。


 オムホロスは思わず逃げた。なにかがわかりかけ、それにおびえた。


 研究室に駆けこみ、ずっと以前に整理して片づけてしまった、あのホムンクルスの書物をさがした。どこにもみつからなかった。


 オムホロスはわけもわからず慄然とした。あの書物にはよみ漏らしてしまったホムンクルスの特性が書かれているのだ。なにか重要なことが自分から隠されている。


 魔法使いはいなかった。マスターの机のまわりもさがした。しかし、みつからなかった。


 なにかがオムホロスの心をかき乱している。オムホロスは魔法使いの地下の浴室へ駆けおりていった。

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