第13話

 結果的にオムホロスは女性体の試料を手にいれることができた。検体によって生じたのか、自分によって生じたのか定かでない試料に期待をかけるしかなかった。


 四大精霊の洗礼をほどこし、土人形をつくった。女型の土人形はふらふらと歩き回り、以前あいまいに指した地域にある国にたどりついた。


 ツァカタンという古代神を崇める国としかオムホロスも知らなかった。


 その国から土人形は特定の人間をさぐりあて、くるくると円を描くと地図のなかに吸いこまれて消えてしまった。


 オムホロスはその国のうえに手のひらをのせた。そして、適切な呪文を唱えた。


 視界にひろがる研究室が縦にわれ、次の瞬間、目前にみたこともない街の風景がひらけた。


 視線は土人形の高さ。土人形を先駆の使役とし、目当ての生体をさがした。


 土人形は自分の源と引きあう女のいる方向へと走りだした。足元の土くれに街の人間は気付きもせず土人形をまたいで通り過ぎていく。


 果たして少女がいた。しどけなく一枚ぬのを着崩し、暗い目で通りをながめていた。黄色い肌、砂色の髪、幼げなあどけない少女の面立ち。


 なにをなりわいにしているのか、赤い唇に目には緑のくまどりをほどこしている。体つきも幼く、ととのってはいるが女の匂いはせぬ。


 男が近づいてくると、相手も選ばずしなだれかかり、なにかささやきかけている。半刻ほど路地裏にふたり連れだって消え、男が独りうれしげにでていった。


 土人形は男のあとから路地裏にはいった。


 仰向けに少女が股をひろげ、虚ろな目で宙をみつめていた。その無感動な瞳。

 オムホロスはひと目で気付いた。


 少女は基本形態しかもちあわせていない。女性体のようにみえるが、それは形ばかり。


 なにか心にふっとかすめる嫌な予感。オムホロスはそれをしりぞけ、少女とコンタクトをとろうとした。


 しかし、少女は反応すら示さない。


 少女は狂っていた。飢えた獣のように男の体をもとめ続ける春ひさぎに身を落としていた。原因がなんなのか、オムホロスにはわからなかった。


 しかたがないので土人形を呼び戻すことにした。


 ふたたび研究室に意識を戻したオムホロスの目前に魔法使いがたっていた。その目が細められ、いぶかしげな顔で弟子をみつめていた。


「ゴドウのところへいったのか?」


 すでにオムホロスは真水で体をぬぐっていたが、傷までは隠せなかったのだ。


「はい」

「それで?」

「なにも」


 魔法使いはオムホロスがいまなにをしていたかわかっているようだったが、そのことについてはなにもいわなかった。


「キメラを愛してもしようがないぞ」

「愛してはいません」


 魔法使いは声をたてて笑った。


「そうだ、おまえの愛などこの世では成立せぬわい。おまえは孤独な生き物なんだ」

「そのとおりです、先生」

「素直に認めるな! この馬鹿が!」


 オムホロスが戸惑うのをみると、魔法使いは穏やかにいった。


「ゴドウを愛してるなら、それでいいじゃないか。毎日あってるんだろう? あのオスキメラと情を交わしあってるんだろう?」


 オムホロスは答えなかった。


「答えぬつもりか? まあいい、べつに知りたいとも思わぬ。だがな、色事なんぞで命をむだにするなよ、おまえの命はほかでは手にはいらぬ貴重な代物だからな」


 オムホロスは、真実を語る魔法使いの言葉の裏に、鼻につくすえた残忍さを嗅ぎつけた。


「はい、先生」

「なぁ、オムホロス。ゴドウとの逢瀬は楽しいか?」


 魔法使いはにやにやとオムホロスをみつめた。


「おまえの体が快感を感じるとも思えぬがね」


 オムホロスは魔法使いをいぶかしげに見返した。


「なんのことかわかりません」

「しらばっくれるな。だが、そんなことをしておれば、いまごろこんなところでマスターとはなしなどしておらぬわい。おまえはいちいち口答えしなけりゃ、おのれの馬鹿を確認できぬのか?」


 オムホロスの表情をよみとり、魔法使いはおかしげにのどをならした。


「どうして、こうすぐに間に受けるんだ? なんで押し黙っちまうんだ? オムホロス、おとなしいふりをして、あのキメラのまねなんかしなくていいんだぞ? それともおまえは発情した羊なのか、え?」

「オムホロスは発情していません」


 オムホロスは機械的にこたえた。


 魔法使いは不満げにオムホロスの肩をこづいた。


「オムホロス、おまえの脳みそはなんのためについてる?」

「学ぶためです」

「そのとおりだ。おまえがくだらぬことで脳みそをおしゃかにしちまっても、やってくるときはやってくるものなんだ。ゴドウと乳くりあうことしかその頭のなかにないんだとしたら、考え直さなくちゃならぬな」

「なにをですか?」


 魔法使いは笑いながら、オムホロスの肩をつきとばした。


「教えてやるもんか! おまえはその馬鹿な脳みそに知識をつめこんでりゃいいんだ。なんのために生まれたとかなんとか考えてるひまがありゃ、おまえがみつけだせない本の一ページでもさがして、おのれの肥やしにでもしてろ。おまえがいつまでもただの馬鹿だとやる気がうせてくる。マスターの知らぬことでも見つけるためにしっかり研究でもして、乳くりあいのことなど忘れてしまえ」

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