第10話
オムホロスはふたたび遺精に悩まされるようになった。しかもほとんど真昼に毎日。
無感覚だが、服を汚されるのにはへきえきした。もとから神経質なたちではなかったらしく、書物を漁りながらなるにまかせていた。さすがに魔法使いの目を警戒し、マスターにはさとられぬように用心していた。
女性体を提供した検体の居場所は、膣内の細胞を採取して突きとめた。赤道から北半球寄りの地域だった。
女性体のもとの持ち主が、性欲から自分の生殖器を利用していれば、ケラファーンの男性体と同様に、なんらかの反応が生じるはずだった。
しかし、検体の影響によって採取できた試料でなかったせいか、特定の国に絞ることはできなかった。
オムホロスには、自分の男性体を性欲を発散させる器官として使用するすべがわからなかったし、また女性体に対してもおなじだった。
どうすればいいのかはわかっているのだが、なにしろオムホロスには性欲が存在しない。これはホムンクルスの決定的な特徴のひとつだった。
検体自身とコンタクトがとれれば、すぐにでもゴドウをモロから解放できる。オムホロスは血まなこになって昼も夜も研究室にこもり、検体を探すすべを調べ続けた。
ゴドウのところへはあれ以来おとずれていない。
ゴドウのあの目つき。まぶたに焼きついている。
そして、あの顔も。雌キメラを殺すことでゴドウがなにをいいたかったのか、察することができた。ゴドウの心の悲鳴は哀切にオムホロスにむかって発し続けられている。いまもずっと。
あれはきっと、自分の心が身体に裏切られ続けられている人間の顔なのだ。ゴドウがオムホロスをずっと愛してきたことが、このときになって理解できた。
血が、死が、その裏切りをすすぐわけではないのに、ゴドウは自分とまぐわう相手を殺し続けているのだ。その目も声も心も、へだてて会うこともできないオムホロスにむけられたまま。
オムホロスにとってゴドウの愛は虚しさを誘うだけだった。オムホロスはひそかに感づいていた。魔法使いの冷たさが自分のなかにも存在すると。愛をはぐくむにはオムホロスの心は冷たすぎる土壌なのだった。
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乾期を目前にして花が実を結びはじめた。密林に甘い匂いがたちこめ、熟した順に次から次へと下萌えに、果肉の厚い汁気のたっぷりとした実を落としていった。
乾期のあいだの食料を得るために、ほとんど毎日果実を採集しに森へでた。
重い荷物をひとりで肩に背負って、歩き回った。
食事も味気ない。遊びに興じてくれる相手もいない。
森を出歩くと、どうしてもゴドウの泉へと足がむいてしまう。一カ月近く、泉のそばを通ることすらしなかったが、ゴドウがいまやどのようなありさまか、たやすく想像できた。
やはりゴドウはみる影もなく痩せさらばえ、ぐったりと樹木にもたれかかっていた。
飢えたすえ、むりに肉を口にしていたのだろうか、血色が悪い。血なまぐさい凄惨な光景がオムホロスの目前にさらされていた。いくつも放置された死骸はすでに腐り、ゴドウはそのうちの何体かを食べて命をつないでいたようだった。
雌キメラの気配にゴドウのようすが一変した。生気もなくうつむいていた顔がさっとあげられ、目はぎらぎらと金色にぎらついた。鼻孔を大きくふくらませ、口は半開きのままちろちろと唇を舌がなめた。
ゴドウは体を起こし、雌キメラの迷いこんでくる瞬間に固唾を飲んだ。雌キメラの体の一部がみえるやいなや、野獣のように飛び掛かり、引きずり回しながらどこの穴だろうとかまわずまぐわった。
なんのための交尾なのかもわからなくなってしまったのか。雌キメラの急所に歯をたて、引き裂いた。肉片を飲みこみ、血でのどをうるおわせ、雌キメラの命が完全に絶えるまで離しはしなかった。
ゴドウのまえに姿をあらわすのはもはやためらわれた。ゴドウはモロのせいではなく、真実正気をうしないかけていた。いたずらにゴドウを混乱させれば、二度ともとのゴドウには会えなくなるだろう。そう思うと、オムホロスの心は哀しみに満たされた。
自分もまたゴドウを愛してしまったのだろうか? しかし、そんなことをとうても無駄なのだ。オムホロスの愛でゴドウを救えるわけではないのだから。
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