第9話
雨期があけた。
水は自然に引いていき、あとには泥がとり残された。研究室以外は泥にうずもれ、オムホロスは半月ほど石殿のそうじに精をだした。
ゴドウの顔をみるたびに、それが愛欲にかられ情を交わしたがっている雄の顔だと気付かされた。だが、その欲求の半分以上がモロ神の影響のためだともわかっていた。
待ち伏せして押し倒そうとするゴドウから逃げ、研究室へ駆けこむ毎日。
あと何日これを繰り返せばいいのだ。まだケラファーンは秋になったばかりだというのに。
石殿がようやく清潔さをとり戻したころ、魔法使いがのそのそと姿をあらわした。
そして、ひと目ゴドウをみるなり、「オムホロス、こいつ、モロに取っ憑かれてるじゃないか。殺して燻製にでもしちまえ」
「できません」
魔法使いは片眉をつりあげ、「なんだ、もうやられちまったのか? 情が移っちまったのか? おまえの形ばっかしの子宮がモロの畸型に耐えられるもんか、死んじまうぞ」
魔法使いはオムホロスをみやった。
「それはわかっておりますが、ゴドウも発情期が過ぎれば落ち着きます」
「わかってないな……モロに取っ憑かれれば死ぬまでああなんだよ。目的のものに種を植え付けるまで発情したまんまなんだ。それならいっそのこと殺しちまったほうが情けなのさ」
「オムホロスはホムンクルスです……おなじキメラを殺すことはできません」
魔法使いはにやりと笑った。弟子の知識が自分に追いついてきたことをさとったのだ。
「そうか……どのくらいわかった?」
「オムホロスは、魔法力の魂と、生体から抜きとられた基本形態である女性体と決定形態である男性体とのキメラです。生物的にはヘテロであり、生殖機能は有しません……」
オムホロスは射精のことは黙っていることにした。
「まだだな……もっと知識を詰めこめ。おまえの脳はここにあるすべての情報を吸収できるようにできているんだ」
マスターがなにを考えているのかわからなかったが、オムホロスは素直にうなずいた。
「それからな、ゴドウは殺しとけよ」
「絶対殺さねばなりませんか?」
「なんだ、やけに素直だな? 本当に殺しちまうのか? もっとかばうかと思ってたがな」
魔法使いはにやりと笑い、オムホロスの頬をつねった。
「殺すんだろ?」
オムホロスのためらうようすをみて、魔法使いは首をかしげた。弟子の頬を軽くたたきながらいった。
「じゃ、生かしておいてやるかわりに、モロを追いだす方法があるならおまえがそれをみつけてみせろ」
魔法使いは呪文でゴドウをとらえると、石殿の近くの泉に連れていき、泉の周囲の樹木に閉鎖の呪文をかけた。柵も鎖もないが、強力な檻ができあがった。
ゴドウは発情した雄の声を張りあげて、しなう樹木に体あたりして回った。
「みろよ、オムホロス。おまえの情人が怒り狂ってるぞ。あれでも頭の中身はまだまともなんだ。モロはな、ここを……」
魔法使いは頭を指でこづきながら、楽しげにいった。
「狂わせるんだ。オムホロス……それでもあいつを生かしておくのか?」
「きっと追いだす方法をみつけてみせます」
魔法使いはにやりと笑うと、オムホロスのあごをつかんで、いった。
「オムホロス、深みにうっかり足を踏みいれるなよ、そこは底無しだからな。抜け出せなくなってから、後悔するなよ」
魔法使いの忠告は遅すぎたかもしれない。
マスターはオムホロスを残して、石殿へもどっていった。
オムホロスとゴドウは、おたがい手が届くところにたち、みつめあっていたが、ゴドウのほうから目をそらした。
ゴドウはいらいらとひづめで地面を蹴り、泉を何度も巡った。そのあいだにも臭いつけと発情を主張するように、尿のまじる射精をしては強烈なオスのフェロモンをなすりつけていった。
しばらくせぬうちに鹿の首とアルマジロの体、ナマケモノの足を持つ、雌のキメラがふらふらと檻のなかに迷いこんできた。
ゴドウは肉食獣のように雌キメラに飛びつき、アルマジロの背にのしかかった。雌キメラが発情しているかどうか鼻で確かめると、前足で雌キメラの体を押さえこみ、交尾した。
ゴドウの目が、その光景を無言でみつめているオムホロスをとらえ、悲痛げに表情をゆがめた。雌キメラとまぐわいながら、ゴドウは両手で雌キメラの鉤爪の腕をつかみ、力まかせに引きちぎった。
雌キメラは奇声をあげて苦しみもがいて逃げようとしたが、黒羊の前足はしっかりと雌キメラをはさみこんでいた。
生きたまま雌キメラは殺され、ゴドウはその残骸をオムホロスのまえにつみあげた。
血に染まった黒いおもてに戸惑いの色を浮かべ、なにもいわぬオムホロスの言葉を待った。
オムホロスはなんとこたえてやればよいかわからず、ゴドウに背をむけて石殿に戻った。
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