第8話
ファルスの用意がないことへの危惧も、女のけたたましいおらび声で霧散した。うんざりするような叫び声を女は上げるが、すぐとなりで寝ている子供が起きないものだと、ケセオデールは呆れた。
女の両手がケセオデールの絹糸のような髪を好きなだけ引っ張りまわし、のどが涸れるまで騒ぎたてて、ようやっと静かになった。
女が感じやすかったのか、夫がよっぽど手を抜いていたのか、ケセオデールは心から感謝しながら、いびきをたてる女の手からひもをほどき、手と口を水瓶の水ですすいでから土間に寝転んだ。
ふところからのそのそと土人形がはいだしてきた。
「やればできるじゃないですか。しかし、明日もこんなふうに終わってくれるとはかぎりませんよ」
「わかってる……ああ、もう、うるさいな!」と、ケセオデールはうるさげに寝返りをうった。
土人形はしつこくケセオデールの顔のまえにたった。
ケセオデールはいまいましげに唇をとがらせ、「おまえは土人形だから、気のすすまない性交を強要されることもないんだろうな」
「ええ、土人形にはありませんよ」
オムホロスは土人形の部分を強調して、皮肉めかしてこたえた。
「じゃあ、ちょっと、黙っててよ」
そういうと、ケセオデールは、家人が起きだす時間まで泥のように眠った。
翌朝、子供たちによってケセオデールはたたき起こされた。
王女のはおる狼の毛皮を好き放題に引っ張りまわし、なかには淡い金髪を引っこ抜くいたずらものの子供もいた。
ケセオデールはあわてて跳び起きて、悪たれどものつらをじろりとねめつけた。
子供たちは奇声をあげて逃げていった。十二、三歳ほどの少女が恥ずかしげにテーブルの陰からケセオデールをみつめていた。その手にはしっかりと金髪が握り締められていた。
朝食の煮豆をごちそうになり、ケセオデールは礼をいって民家をあとにした。
「よくもまぁ、女だってばれなかったなぁ」
ふところの土人形にむかって、ケセオデールは話しかけた。
「狼の悪臭のせいですよ。それがあなたの無臭な体臭をごまかしたのでしょうね」
「それでも僕は男っぽくなんかないよ」
「装いです。あなたの体の線にもよりますが、男のなりをすることで簡単に性をいれかえることができたのです」
オムホロスにうながされるまま、ファルスをつくるために、かぶれない木の生える林の近くにキメラをおろした。
ケセオデールはびゃくしんの枝を長めに折り、外皮を削っていった。手はすぐにかじかみ、しだいに白けてきた。
「これがいったいなんになるっていうの!?」
思わず言葉遣いももとに戻ってしまった。
「男に戻るつもりなのでしょう? その手はじめです」
ケセオデールはふいに口寂しくなり、酒が飲みたくなってきた。
こんなものをつくらねばならないという事実が、ケセオデールの心に重たくのしかかってくる。目頭が熱くなり、ケセオデールは興奮してどなった。
「あたしが欲しいのは、こんな木の棒なんかじゃない! 自分の体にそなわった、おまえでさえつけている代物よ!」
「でも、結局あなたのファルスは、あなたにとって木の棒のような存在でしかないでしょう? あなたの体から離れ、手にもつしかない」
ケセオデールは削りかけの枝で、土人形に痛手をこうむらせようと地面に振りおろした。枝は土人形の体でバウンドし、したたかに王女の手を打ち据えた。
「あなたが男になりたい理由はなんですか? 体にぶらさげていたいだけだったら、木でもなんでも魔法でひっつけてあげますよ。ささいな在りかのちがいなど気にしても、結果がおなじなら目的が多少ちがうくらいどうってことはないのでしょう? それともあるのですか?」
土人形の無表情な説得に、ケセオデールはたちすくんだ。うけいれがちだった心を、いまだけはしりぞけた。
「土人形ごときに、人間の気持ちがわかってたまるもんか。この体は偽りだ。ただでさえ女であることがたまらなく不快なのに、本当は男かも知れないのに、女であり続けることなんかできないんだ。どこかに僕のファルスがあるっていうのに、こんな偽のファルスを使わなけりゃいけないなんて……! 僕がなんにも感じてないとでも思ってるのか?」
そのといかけを無視して、オムホロスは興味深げにたずねた。
「さぁね、でも、あなたは何度も女性に欲情したはずでしょう? それは女として、男として?」
ケセオデールは表情を険しくして、いった。
「男としてだよ。だけど、結局虚しいだけだった」
そういいつつ、その手はふたたび枝を削りはじめた。
「男のふりをする、いつでも男を捨て去られる女でしかないってね……」
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