第7話

 村のはずれにキメラはおりたち、土人形はケセオデールの胸元にもぐりこんだ。


「なんていえばいいの? あたしにはわからないわ」

「女言葉はおやめなさい。どうしてもだめなら、かわりにしゃべってあげます。それから、男のなりをしている限り、あなたはルーという男になのです。これから先はケセオデールという名前は忘れてしまいなさい」


 それを聞くと、ケセオデールは小鼻をふくらませて、いった。


「そんなこといわれなくったってわかってるわよ!」


 土人形は静かにいい返した。


「言葉に気をつけて」


 かなぐり捨ててやりたいという衝動を懸命におさえ、ケセオデールは鼻で笑った。


「わかったよ、男言葉なんて簡単じゃないか。どうってことないさ……」


 精いっぱいの強がりが、ケセオデールの耳に空しくひびいた。


 城を出奔して以来、ケセオデールの気持ちから男ぶったものはさっぱりと消えうせていた。


 とうていうまくやりこなせる自信がなかった。くじけそうになって、胸元の土人形を見下ろした。


 オムホロスは王女の不安げなまなざしに気付いたが、ここで助けてしまえば、王女がこのさきずっとオムホロスがいなければ、なにもできなくなってしまうだろうと、見通していた。


 土人形にそっけなく首を振られ、ケセオデールはせいぜい力強く木戸をたたいた。


「すみません、もし、すみません。旅のものです。今晩だけ、眠れる場所を分けてもらえませんか?」


 けれんみもない王女の声は、変声期まえの少年そのものだった。


 木戸が開き、顔つきのふくよかな女がなかへ招じいれてくれた。そとより多少ましなあたたかい空気が、小屋のなかに充満していた。


 赤土でつくったペチカのうえに毛織りのじゅうたんが敷かれ、子供が数人のっかっていた。 


 夕飯をすませ、一家のだんらんのひとときだったのだろう。あか抜けない十数個の瞳が、美しい少年のうえにそそがれた。


 ケセオデールは毛皮のすそを両手でもみしごきながら、「こんばんは……土間のすみでもよいです。横になれる場所さえあれば……」と、遠慮がちにいった。 

「さぁ、こっちへ」

 女はにっこりと笑って、暖炉の近くへ招いてくれた。子供たちは暖炉からおりようともせず、遠巻きに夜更けの訪問者をながめていた。


「とても冷えたろ? ここにお座りよ」と、女はテーブルのいすをひいてくれた。


 ケセオデールは素直に腰をおろした。あらためて家のなかを見回した。家人の面々に働き盛りの男の姿はなく、陰気な顔のしなびた老人が暖炉の正面を占領して、じっとケセオデールに視線をそそいでいた。


「どっからきたのかい?」


 女がいれてくれた具いりのスープに口をつけながら、ケセオデールはやっと生きた心地にひたった。


「ケラファーンの城から」

「へぇ……」


 女は感心したように何度も声をあげ、「じゃあ、お貴族さまってことかい?」


 女は城の人間はすべて貴族かなにかだと思っているらしく、ケセオデールをみる目つきがかわった。


 ケセオデールはかしこくも口をつぐみ、ふところの土人形をつついた。


「いいえ、奥さん、僕は住みこみの下男なんですよ」


 オムホロスがかわりにこたえてやった。あわててケセオデールは唇を言葉にあわせて動かした。 


「お城のようすはどんなんだい? まだ一度もみたことないんだよ。春の祭典にだって、若いころに一度いったきりなんだよ」


 ケセオデールはこたえられるところだけ女にあわせてやり、子供たちが寝入ってしまうまで女の相手をつとめた。自然にケセオデールの口元にあくびが浮かんできた。


「もう、夜も遅いね……」


 女はつぶやいた。


「寝具はあたしのっきゃないんだけど?」


 ケセオデールはでかかったあくびを飲みこんで、女をまじまじと凝視した。失念していたのだ。いまは冬で、ケラファーンの女はある方面には実に積極的なのだ。あわてて土人形をつついた。


「それじゃあ、奥さん、僕でよければ?」


 オムホロスは無責任にもそういい放った。


 女はうれしげに微笑み、子供たちの眠る寝具の奥の、せまい木箱様のベッドを指した。


 ケセオデールは心のなかで空を仰ぎ、嘆息した。


「大丈夫、なにも知らないわけじゃないのでしょう?」とオムホロスにせかされながら、あきらめの境地で女のもとへ子供をまたごして寄っていった。


「大丈夫、あたしが教えたげるから」


 そういいつつ、女はケセオデールの体をまさぐった。


「この毛皮、臭うね、なんなの?」

「狼だよ」


 ケセオデールはそういって、女のかたわらに座った。片手を女の肩にのせ、そのまましたへはいおろして、毛織りのぶ厚いドレスのすそをまくしあげた。


 女は思ったよりも痩せていた。女のまさぐる手が邪魔だった。ケセオデールは髪のひもをとき、それで女の両手を縛りあげた。


「いやだよ、ほどいておくれよ」


 さほどいやがる声でもなく、女はささやいた。ケセオデールはこたえず、覚えているかぎりの愛撫を女の体でためしていった。

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