第10話

 ようやくほろ酔いかげんになりかけた彼が、はうようなしぐさでケセオデールの内股を指でまさぐりはじめた。


 いつになく大胆な指の動きにケセオデールは驚いたが、いつもとおなじようになにも感じないことがわかると、体の緊張をといた。


 とっくの昔に見飽きてしまった彼の性器が、深々と侵入してくるのに感触さえないのが、いつも不思議だった。


 それを気取られやしないかと演技することで手いっぱい。友人たちが忍び笑いとともにふざけてもらすあえぎ声ではさっぱり要領がつかめないので、いまのところ彼の顔つきと声をまねておいた。ついでに彼の首にしっかりと腕をまきつけておけば、見苦しくないていどにごまかせた。


 行為のあと、彼のほうからケセオデールをだきしめ、そのまま眠ってしまった。


 やっとケセオデールは安堵に胸をなでおろし、彼のひろい胸にだきしめられたまま眠りに落ちた。


 翌朝、ケセオデールは儀礼的に指を傷つけ、血の玉を自分の肌着とシーツになすりつけた。これはこざかしい友人たちが秘伝だといって教えてくれたことだった。


 横で眠りつづけるハルコーンをみつめた。夫とは、朝になってもいなくならずに横で眠りをむさぼる男のことをいうのだろうか。


 世話女たちは昼近くになるまで呼びにはこないだろう。きっと広間にはまだ泥酔している親族たちが大勢いることだろう。


 ケセオデールは頬づえをついて寝そべり、結いのとれた長い金髪のふさで、彼の引き締まった鼠けい部をいたずらにくすぐった。彼は眠たげにうなると、弱々しく手で払いのけようとした。ケセオデールはくすくすと笑い、今度は大胆に彼の内股をくすぐった。金髪と絡まりあう濃い茶の萌え。


 思いがけず、彼の性器が元気よく屹立し、ケセオデールは驚いて手をひっこめた。


 恥ずかしげもなく、まじまじとみているうちに、あのなじんだ複雑な感情がわきあがってくるのを感じた。


 ひどく乱暴に自分からなにかが奪われてしまったかのような錯覚。


 反射的に綿のはいったキルトで夫の性器をおおい隠した。


 喪失感が突如燃えあがり、ケセオデールは眠っている夫をうらめしげににらみつけ、その隆起している場所をみるのもいやになった。


 なにを夢見ているのか、彼の頬はほてり、ため息をついて寝返りをうった。その手がかたわらにのび、ケセオデールをさがしはじめる。


 ケセオデールはさっと身をひいて、ベッドからおり、化粧台のまえに座った。ハルコーンが寂しげにうなったが、ケセオデールはそれを無視して、くしをつかみ乱暴に髪をとかしはじめた。むしゃくしゃする気持ちを髪が抜けるほどにくしにこめた。


 原因は夫となった従兄、もしくはその性器にあるのだ。


 いままでの不自然さは彼のせいだったのだ。なにも感じないのは彼の体に問題があったからなのだ。だからこそ、自分はハルコーンの性器に腹立たしさをおぼえたのだ。


 くしけずるうちにからんだ金髪がやわやわとあわだち、肩をおおった。女王がビオリナからとり寄せてくれた鉱石の鏡に自分の顔を映し、髪をととのえた。お気に入りの髪止めで器用に髪のふさをまとめていく。あとひとふさというところで、ハルコーンがうしろからだきついてきた。


「おはよう、我が妻」

「おはようございます、だんなさま」


 キルトを肩にかけただけの全裸のハルコーンは、ケセオデールに腕をまわしたまましゃがみこんだ。


「かぜを召しますわよ、だんなさま?」

「そしたら、おまえの体であたためておくれ」


 そういいながら、ハルコーンは音を立ててケセオデールの耳元やうなじに口づけした。


「ほんとよ、かぜをひくわ、あなた」

「大丈夫、僕の体はやわじゃないよ」


 なにを根拠に、とケセオデールは鼻白んだが、「女相手ですっかりなまってるんじゃなくて?」


「女相手でも度を越せばいい運動になるよ」


 あらそう、とケセオデールは鏡をみつめ、残りのひとふさを髪止めでとめた。


「どうせ乱れるのに」


 ハルコーンの接吻の雨を片手であしらって、「もうだめ、もうすぐ世話女がきますわ」胸をまさぐる彼の手を軽くたたいた。ケセオデールはたちあがり、衣装部屋へ自分とハルコーンの服を選びにいった。適当な服を見繕って、彼に手渡した。


「これをきて。どやどや無遠慮にはいってくる人達に赤ん坊みたいな格好をさらしたくないでしょう?」

「それもそうだ」


 そういいつつ、彼はめざとくケセオデールの肌着の血の染みをみつけた。


「あのときも、処女の印のあとがあったかな……?」


 ケセオデールはハルコーンをみつめ返した。そして、かすかに青ざめる。


「あったわ」


 語尾を強くしてケセオデールは断言した。


「ありましたわ」


 あとからなにもいわせぬために、念を押すように自信ありげにこたえた。


 彼もよくよく確かめたわけではなかったので、ケセオデールを信じた。あのとき、ケセオデールは処女だったと。ケセオデールは確かに処女だった。あとにもさきにも、いままでにうけいれたのは彼だけ。しかし、処女の血はケセオデールの服もベッドも汚さなかった。ただの一滴も、ケセオデールのうがたれた裂け目からは流れてこなかった。


 ケセオデールはうろたえ、ハルコーンから離れると、部屋のすみのついたてのうしろに隠れた。彼がいまさら恥ずかしがってどうする、と笑っている。


 そうではない。ケセオデールは彼に自分の顔色を知られたくなかった。イイオルーン・マイオーン神の淡い青よりもなお青白い肌の色を。





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