第9話

 午餐のあと、ひとりで部屋にいるといつもどおりハルコーンの足音が聞こえてきた。それまでのいい気分がしだいに重くなってくる。


 ハルコーンとわりない仲になっていくにつれ、愛が自分をさらってくれると呑気なことを考えていた自分は、ほんとうにねんねだったのだと気付かされただけだった。


 行為自体は慣れればさしたることはなかった。ただ不自然に感じるというだけ。


 まるで、もえぎ色のドレスをきた自分を鏡のなかにみたときとおなじように、なにかがちがう、待て、と。


 扉が静かにたたかれ、ケセオデールは一応うれしそうな顔で彼をむかえた。

 人前で馴れ馴れしくしない分、その見返りとばかりに彼ははいってくるなり、ケセオデールの唇を奪った。


 ケセオデールはのばした足で開け放しの扉をちょいと蹴り、だれかにみられることのないように閉めた。


 ふたりはよろよろともつれあったままベッドのうえに転がりこんだ。


 やっとふさがっていた口があいて、ケセオデールは従兄の手をとめようと、「毎日毎日、よく飽きないわね」と、呆れかげんにつぶやいた。


「おまえは飽きてきたのか?」


 飽きる飽きないの問題ではなかったが、ケセオデールは一応うなずいてみせた。


「なにを年老いたことを」


 彼はふざけてケセオデールのわきのしたをくすぐった。白々しいようすで横たわったままのケセオデールをみて、肩をすくめた。


「どうかしたのか?」

「別に」

「別にはないだろう? なにか気になることでもあるのか?」 心配そうに眉を寄せる彼の表情をさぐり、それが心からのことだとわかった。ケセオデールはとたんにすまない気持ちにかられはじめ、彼をなだめるつもりで軽く口づけした。

「ただ、こんなに愛しあっていたら、結婚したあと、その分減ってしまうんじゃないかと思って」

「減るだなんて……」


 彼はおかしげに笑い、ケセオデールの金髪をくしゃくしゃとなでまわした。


「僕たちの愛はかさなってつもっていくのさ、減ったりはしないよ」


 そのいいかたがいかにもあどけなくて、ケセオデールは含み笑った。その笑顔に彼は気を良くして口づけした。口づけしながら、愛の回数をもう一回増やすことにした。


 なにも感じないのはやはり自分に問題があるからだ。


 ケセオデールは娘のことを思い浮かべた。そうすると、ますます彼との行為が理不尽に感ぜられ、胸をかきむしりたくなった。


 いったい、自分の体と心はどうなってしまったのだろう。ケセオデールは不可解さに顔をくもらせた。





‡‡‡






 婚礼の当日、早朝からあわただしく準備がととのえられた。


 ケセオデールはできあがった婚礼衣装にそでを通し、女王やおば、大おばに囲まれて、自分の姿を鏡に映した。ケセオデールの気持ちとは裏腹に結婚というものは、決められた日に確実にやってくるものだ。


 一昨夜のハルコーンはすこしだけひかえめだった。それでも会うなり行為へもつれこんだけれど。長居もせず、真夜中を告げるまえにそそくさとでていった。婚礼当日まで禁欲に徹しようというのか。どこぞの悪友に出自のあやしげな流説を吹きこまれたやら。


 婚礼の儀はしめやかにおこなわれた。特別盛大というわけでもなく。


 きらびやかな飾りこそなかったが、一族の女たちが春の花をぜいたくにあしらった花のかがり火が、あちこちの壁にゆれている。


 花嫁と花婿がにぎにぎしくむかえられたのは、式のはじめのほんの数分。それからあとはこの国特有のうえをしたへの大騒ぎとなった。


 押しかけてくる人波に花嫁と花婿はさらわれていき、離ればなれに従兄弟たち、客人たちの接待をさせられた。おなじ質問に何度もこたえ、ケセオデールも従兄もうんざりした面持ちで、わらわらとわいてでる陪賓のお相手をつとめた。


 式のあいだ、ふたりはろくに言葉も交わせなかった。それでもおせっかいな従兄弟が、手をたたいて新婚のふたりの退室する時間を告げた。


 なかば追いだされるようにふたりは広間から放りだされた。


 ざらついた岩の廊下をかかとで蹴りながら、ふたりはこの日のために何度か足をむけた夫婦の部屋へと廊下をまがった。


 ふたりは無言だった。


 親しみ馴れたふたりにとって、いまさら緊張するなどおかしなことだったが、彼は正式な夫婦の契りにいたく緊張しているようだった。ケセオデールのほうは、手を引かれるままについていった。


 彼はあいた左手で取っ手をつかみ、扉を開けた。


 ベッドのまえでふたりはおたがいをみつめあった。


 彼の頬が紅潮として、すぐにもむしゃぶりつきたいのをけんめいにこらえているのか、鼻孔をふくらませていた。顕著な兆候を彼の股間にみいだし、ケセオデールは花婿の期待とは反対に、くるりと背をむけてあらかじめテーブルに用意しておいた酒のグラスをとった。


「今日くらいはお酒を飲んで、それからでもいいじゃない?」


 彼はみるからに残念そうなようすだったが、素直にグラスをうけとり、つがれた蒸留酒を一気にあおった。


 ケラファーンの男も女も酒は非常に強い。グラス一杯で酔うはずもなく、つがれるままに飲み干していった。ケセオデールもたしなむていどにいただいた。

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