第6話
まだ踊りはじめて間もないのに、ハルコーンは足をとめ、「ちょっとすみにいってはなしでもしよう」と、ケセオデールを誘った。彼はなかば強引に森へとケセオデールの手を引っ張り、人ごみを抜けていった。ケセオデールは痛いほど強く腕をつかむ彼の手にむっとしながらもついていった。
「手を放してよ」
乱暴に手を振りほどき、ケセオデールはたちどまった。
「はなしをするだけだよ」
いいわけがましくハルコーンはいった。
「するだけって……ほかになにかするつもりだったの?」
子供のときのようにケセオデールは思わずうちとけた話しかたで文句をいった。
ハルコーンはあせって首を振り、「べつになにもしやしないよ、半年ぶりじゃないか、つもるはなしもあるだろう?」
ケセオデールは眉を寄せる。彼の不器用なごまかしの言葉から、察しがついた。
「はなしなら、なにも森のなかでなくったって、あそこでだってできるじゃない」といいつつ、指を人ごみに振りむけた。
ハルコーンはばつの悪そうな顔をすると、今度はあからさまにたずねてきた。
「まだねんねなのかい?」
「冬のあいだ、女しかいなかったのに?」
「そうだけど……でもまったくわからないわけじゃないんだろ?」
「でも興味ないもの」
ハルコーンはしげしげとケセオデールをながめ、おもむろにケープをはずした。ふんわりとした金髪が頬をつつむ。冷え切った空気が首筋にあたり、さぁと赤らんだ。
「じゃあ、このドレスはだれにみせるつもりだったんだい?」
ケセオデールは彼にはこのドレスがそういう意味にみえていたのだとやっと気付いて、顔を赤らめた。友人たちがいっていたとおりの効果を、ドレスはもたらしていたのだ。
「なんだい、半年まえとちっともかわってないのかい?」
ハルコーンは幼げな許婚の赤い顔を手の甲でなでつけながら笑った。そして、ふいに唇に接吻した。やっと顔をはなすと、「まだ僕はおまえの兄上なのかい?」とささやいた。
ケセオデールはハルコーンと恋人の口づけを交わしても、まだ自分の気持ちをつかめずにいた。ただ一言、「夫になる人でしょ」とだけ。
「張りあいがないなぁ、僕の接吻は下手くそだったのかな?」
「下手くそもなにも、くらべられる接吻をしたことないもの」
ケセオデールは正直につぶやいた。
ハルコーンは陽気に笑いながら、「やっぱり僕の勘違いみたいだ。おまえはちっとも女らしくなってない」そのくせ、腕はケセオデールの腰をとり、優しくだき寄せた。
ケセオデールは心がすこしもわきたたないのに落胆した。ぴったりと体を寄せあうハルコーンは、ケセオデールとは反対に強くそれを意識しているようだった。ケセオデールは漠然とした寂しさを感じ、腰に回された彼の手をにぎりしめた。
肌をあわせれば、すこしはちがうのだろうか。
「あなたはすっかり男らしくなったのね」
「え、そうか? 自分じゃわからないよ」
「あたしはどんなふうにみえた?」
疲れも知らず踊り続ける男女の群れをながめつつ、ふたりはぼんやりと言葉を交わしあった。
「ドレスが似合ってる……そのドレス、感じいいな……」
「どんなふうに?」
ケセオデールのといに腰にあてた従兄の手がもぞもぞとうごめいた。
「うーん……女らしくて」
彼は少年ぽく照れながらこたえた。
「おばさまたちにこうしろっていわれたの」
ふいに視線を感じ、ケセオデールは顔をあげ、ハルコーンをみつめた。ケセオデールと目があい、彼は見下ろしていた目をさっとそらし、なにげなく群衆をみやった。
「静かであたたかいところへいかない?」
ケセオデールが誘うと、彼はすぐさま同意した。
今ここを抜けだして城へむかえば、だれにも見とがめられることはないだろう。ふたりはそそくさと祭りから抜けだし、ひっそりとした城へ戻っていった。
‡‡‡
武骨な石のアーチをくぐり、寒々とした堅牢な岩の城を見上げる。昨日までの夕闇は太陽の光にしりぞけられ、重たい岩の輪郭を空間に浮きだたせている。
城に火の気はなく、外気とおなじく冷たい空気が城の床をはいずり回っている。若いふたりは冷気を蹴散らし、石の廊下を渡っていった。
「どっちの部屋へいくの?」
「え、僕の部屋じゃないのか?」
はいったことすらないハルコーンの部屋で、彼に身をまかせることにケセオデールはためらいを感じた。
「あたしの部屋がいいわ」
ケセオデールは、部屋へ彼を連れていった。
これからすることが自分のすべてを決定するのだ。安堵するとともに、どこからくるとも知れぬ重たいものが心の片隅にひっかかっていた。
友人たちがひそかに打ち明けあうような、声を高くしてこおどりしたくなる気分にはならなかった。
ときめきも陶酔感も、なにも感じられなかった。
懇切ていねいに説明してくれた友人たちの言葉は、ことごとくケセオデールを裏切った。
自分は彼を愛していないのか。
しかし、ケセオデールはしっかりとハルコーンのかたわらに寄り添い、つかず離れずの存在に嫌悪を感じてはいなかった。
兄妹同然にそだったからなのか。
ケセオデールは彼を横目でみやった。
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